Prof. Dr. Larry AdamsAcademic, Author & Researcher

愛する人を失ったあとで

――ひとりで悲しまなくていい

悲しみ、喪失、孤独、希望、そしてイエス・キリスト

著者

ラリー・アダムズ教授

Prof. Dr. Larry Adams

献辞

この本を、

愛する人を失ったすべての人へ。

父を失った人へ。

母を失った人へ。

夫を失った人へ。

妻を失った人へ。

子どもを失った人へ。

兄弟姉妹を失った人へ。

親しい友人を失った人へ。

そして、

「もう誰にも自分の気持ちは分からない」

と感じているすべての人へ。

あなたの涙には意味があります。

あなたの悲しみには理由があります。

あなたが忘れられないのは、

あなたが弱いからではありません。

それだけ、その人を愛していたからです。

はじめに

愛する人がいなくなった日

人生には、

その前と後で、

世界がまったく違って見える日があります。

愛する人が亡くなった日です。

朝は普通に始まったかもしれません。

しかし、その人がいなくなった瞬間から、

家の空気が変わります。

電話をかけることができなくなります。

メッセージを送る相手がいなくなります。

一緒に食事をすることもできなくなります。

名前を呼びたくなるのに、

返事がありません。

街を歩いていると、

似た後ろ姿を見つけます。

好きだった歌を聴くと、

突然涙が出ます。

誕生日が来ると、

胸が痛みます。

クリスマスや正月になると、

「一緒に過ごせたらよかったのに」

と思います。

そして時々、

何でもない瞬間に、

その人のことを思い出します。

人から見れば、

時間が経っています。

しかしあなたの心の中では、

まだ昨日のことのように感じるかもしれません。

それはおかしいことではありません。

あなたは悲しんでいるのです。

第1部

悲しみを理解する

第1章 悲しみは愛の反対ではない

悲しみは、

愛の失敗ではありません。

むしろ悲しみの深さは、

愛の深さと関係していることがあります。

大切な人を失えば、

心が痛みます。

その痛みは、

「弱いから」生まれるのではありません。

「その人が大切だったから」

生まれるのです。

だから、

泣いてもいいのです。

第2章 「もう忘れなさい」と言われても

周囲の人は、

あなたを励まそうとして、

「もう前を向かなければ」

と言うかもしれません。

「時間が解決してくれる。」

「強くなって。」

「もう忘れたほうがいい。」

しかし、

悲しみには時計のような標準時間がありません。

一週間で終わる人もいれば、

何年経っても特定の日に強い悲しみを感じる人もいます。

死別後の孤独についての研究では、悲嘆を経験している人の孤独は心理的健康とも関係し、社会的支援や介入の重要性が指摘されています(Lundorff et al., 2021)。

だから、

「まだ悲しい自分はおかしい」

と決めつけないでください。

第3章 悲しみは直線ではない

悲しみは、

階段のように、

一段ずつきれいに上っていくものではありません。

今日は少し平気だった。

ところが明日は、

突然涙が出る。

昨日は笑えた。

今日は何もしたくない。

そのような揺れが起こることがあります。

それは、

後戻りしているとは限りません。

悲嘆は波のように訪れることがあります。

第2部

心理学から見る「喪失」

第4章 心理学的な立場――悲嘆とは何か

心理学では、

愛する人を失った後に経験する悲しみを「悲嘆」または「死別反応」として研究してきました。

悲嘆には、

悲しみ、

怒り、

罪悪感、

不安、

孤独、

混乱、

睡眠の変化、

食欲の変化、

集中力の低下、

身体的な疲労など、

さまざまな反応が含まれることがあります。

重要なのは、

悲嘆を経験することそのものを病気と決めつけないこと

です。

一方で、症状が非常に強く長期間続き、生活に大きな支障がある場合には、専門的な評価と支援が必要になることがあります。

近年の研究では、死別後にうつ、不安、外傷後ストレス症状などのリスクが高まる場合があり、どのような人がより強い困難を経験しやすいのかについて研究が進められています(2025年の系統的レビュー・メタ分析)。

第5章 「悲嘆の五段階」だけで説明しない

悲嘆について語るとき、

否認、

怒り、

取引、

抑うつ、

受容、

という五つの段階がよく知られています。

しかし、

すべての人がこの順番で悲しむわけではありません。

怒った後に落ち込む人もいます。

受け入れたと思った後にまた悲しくなる人もいます。

笑いながら突然泣くこともあります。

悲嘆は人それぞれです。

第6章 心理学的な「意味の再構築」

愛する人を失うと、

「なぜ?」

という問いが生まれます。

なぜこの人だったのか。

なぜ今だったのか。

なぜ私だったのか。

なぜ神は止めなかったのか。

なぜ祈りが聞かれなかったのか。

これらは非常に深い問いです。

心理学では、

喪失後に人生の意味や世界観を再構築していく過程が重要なテーマとして研究されています。

死別した配偶者についての研究でも、社会的支援とともに、意味づけやスピリチュアリティが心理的適応に関係する要素として挙げられています(Breen et al., 2021)。

第7章 愛着と喪失

私たちは、

大切な人との関係を心の中に持っています。

その人がいなくなると、

「関係そのもの」が突然消えるように感じます。

しかし、

その人との思い出、

教えてもらったこと、

受け取った愛、

一緒に過ごした時間、

その人が自分の人生に残した影響、

これらまで消えるわけではありません。

人は亡くなっても、

その人との関係が人生の中に残ることがあります。

第3部

孤独

第8章 人がいるのに孤独

最も深い孤独は、

誰も周囲にいないことだけではありません。

人に囲まれているのに、

「私の悲しみを誰も理解してくれない」

と感じることです。

家族がいても、

友人がいても、

職場に人がいても、

心の中では一人になっていることがあります。

第9章 あの人がいない空間

椅子が一つ空いている。

食器が一つ減っている。

靴がもう置かれていない。

部屋に入っても、

「ただいま」

と言う声がない。

こうした小さな変化が、

大きな痛みになることがあります。

悲しみは、

大きな出来事だけではありません。

日常生活の細部に現れます。

第10章 夜が長く感じるとき

昼間は仕事があります。

人と話します。

用事があります。

しかし夜になると、

静かになります。

そのとき、

孤独が大きくなることがあります。

眠れない夜に、

過去の記憶が何度も戻ってくることがあります。

そのような夜には、

「今夜すべてを解決しなければならない」

と思わなくてもいいのです。

まず、

今夜を生きる。

それだけで十分な日もあります。

第4部

神は悲しむ人に近い

第11章 聖書は涙を否定しない

聖書には、

泣く人がたくさん登場します。

そして、

聖書は涙を恥として扱いません。

詩篇には、

深い苦しみを神に訴える祈りが数多くあります。

つまり、

「神を信じているなら悲しんではいけない」

という考え方は、

聖書の世界観とは一致しません。

第12章 イエスも泣かれた

聖書の中でも特に心に残る一節があります。

ラザロの死を前にして、

イエスは涙を流されました。

「イエスは涙を流された。」

(ヨハネによる福音書11章35節)

ここには、

非常に深い慰めがあります。

イエスは、

悲しむ人を遠くから観察するだけの方ではありません。

人間の悲しみの中に入ってくださる方として描かれています。

第13章 「泣いてはいけない」ではない

キリスト教信仰は、

「泣くな」

とは言いません。

「信仰があるなら悲しくないはずだ」

とも言いません。

むしろ、

悲しみの中でも神に近づいてよい、

と教えます。

泣きながら祈ってもいい。

言葉が出なくてもいい。

「神様、なぜですか」

と叫んでもいい。

第5部

喪失の痛みを神に持っていく

第14章 「なぜですか」と祈る

神への祈りは、

きれいな言葉だけである必要はありません。

「神様、なぜですか。」

「どうしてこの人を連れて行ったのですか。」

「私は寂しいです。」

「私は怒っています。」

「私は分かりません。」

このような祈りも、

神に向けられた祈りです。

第15章 神に怒ってもいいのか

悲しみの中で、

神に怒りを感じる人がいます。

「神様がいるなら、なぜ?」

という疑問です。

その問いを隠す必要はありません。

詩篇には、

神への嘆き、

疑問、

叫びが記されています。

神は、

あなたの本当の気持ちを知らないわけではありません。

第16章 神に隠れなくていい

人には、

「大丈夫です」

と言っているかもしれません。

でも神には、

「大丈夫ではありません」

と言っていいのです。

あなたの弱さを隠さなくていい。

涙を隠さなくていい。

恐れを隠さなくていい。

神の前では、

本当の自分でいていいのです。

第6部

イエス・キリストの招き

第17章 「すべて重荷を負っている人へ」

イエスは、

疲れた人に向かって、

こう語られました。

「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」

(マタイによる福音書11章28節、新改訳2017)

この言葉は、

成功している人だけに向けられていません。

疲れた人へ。

悲しんでいる人へ。

孤独な人へ。

重荷を抱えている人へ。

第18章 「来なさい」

イエスは、

「悲しみを全部解決してから来なさい」

とは言っていません。

「強くなってから来なさい」

とも言っていません。

「信仰を完璧にしてから来なさい」

とも言っていません。

ただ、

「来なさい」

と招いています。

第19章 あなたは一人ではない

あなたが、

「誰もいない」

と思う夜にも、

キリストはあなたを見捨てない、

というのがキリスト教の希望です。

ローマ人への手紙8章では、

神の愛から私たちを引き離すことのできるものはない、

という強い希望が語られています。

第7部

「神はなぜ愛する人を失わせたのか」

第20章 簡単な答えを作らない

この問いに対して、

「神には理由があります」

と簡単に答えることは、

悲しんでいる人をさらに傷つけることがあります。

死の意味を、

私たちがすべて理解できるとは限りません。

だから、

分からないことを、

「分からない」

と言っていいのです。

第21章 神を責めるほど痛い

悲しみが深いほど、

神に疑問を持つことがあります。

「神様、あなたは私を愛しているのですか。」

「なぜ祈りが答えられなかったのですか。」

これらの問いを、

無理に消す必要はありません。

信仰とは、

すべての質問に答えを持つことではありません。

時には、

答えがない状態でも、

神を求め続けることです。

第22章 分からなくても信頼する

信仰とは、

「私はすべて理解した」

ということではありません。

「私は理解できない。

でも、

神を求め続けます。」

ということでもあります。

第8部

喪失と罪悪感

第23章 「あの時こうしていれば」

死別後には、

「もしあの時電話していたら」

「もっと病院へ行けばよかった」

「もっと話しておけばよかった」

「もっと優しくすればよかった」

という考えが出ることがあります。

しかし、

過去を何度考えても、

時間を戻すことはできません。

第24章 あなたがすべてを支配していたわけではない

人間には限界があります。

あなたは、

すべてを予測できたわけではありません。

すべてを防げたわけでもありません。

あなたが知らなかったこともあります。

あなたができなかったこともあります。

だから、

自分に対して、

少しだけ憐れみを持ってください。

第25章 神の赦し

もし、

「私はもっとできたはずだ」

という罪悪感を抱えているなら、

神の前に持っていってください。

「神様、

私は後悔しています。

私を赦してください。」

キリスト教は、

赦しを中心的な希望として語ります。

キリストの十字架は、

「あなたは過去の失敗だけで定義される存在ではない」

という福音を示します。

第9部

愛する人を忘れなくていい

第26章 前へ進むことは忘れることではない

悲嘆から回復するとは、

亡くなった人を忘れることではありません。

むしろ、

その人を心の中で新しい形で記憶しながら、

人生を続けていくことがあります。

第27章 思い出を大切にする

写真を見る。

手紙を読む。

思い出を語る。

好きだった料理を作る。

その人が好きだった歌を聴く。

記念日に祈る。

これらは、

悲しみを否定することではありません。

愛した人との関係を、

人生の記憶として大切にする行為です。

第28章 涙と笑顔は一緒に存在できる

ある日、

その人のことを思い出して笑うかもしれません。

その直後に泣くかもしれません。

それでいいのです。

笑ったから、

愛していなかったのではありません。

悲しみながら笑えることも、

回復の一つの形です。

第10部

日本の中で悲しむ

第29章 「迷惑をかけたくない」

日本では、

「人に迷惑をかけたくない」

という思いを強く持つ人がいます。

その思いには、

他人を思いやる美しさがあります。

しかし、

悲しみを一人で抱え込む理由になってはいけません。

助けを求めることは、

迷惑をかけることではありません。

第30章 人に話していい

「父が亡くなりました。」

「妻が亡くなりました。」

「子どもを失いました。」

「私は寂しいです。」

これらの言葉を、

信頼できる人に話していいのです。

厚生労働省も、

悩みや生きづらさを一人で抱え込まず、

家族や友人などに相談することや、

電話・SNSなどの相談窓口を利用することを案内しています。

第11部

教会という家族

第31章 教会は何のためにあるのか

教会は、

完璧な人の集まりではありません。

罪を抱えた人。

傷ついた人。

孤独な人。

失敗した人。

悲しんでいる人。

神を探している人。

そのような人が集まり、

互いに支え合う場所であるべきです。

第32章 一人で礼拝に行っていい

「自分はクリスチャンではないから教会に行けない」

と思う必要はありません。

「悲しみを抱えているから行けない」

必要もありません。

静かに座っているだけでもいい。

話をしなくてもいい。

祈れなくてもいい。

ただ、

そこにいる。

それだけから始めてもいいのです。

第33章 誰かのそばに座る

悲しんでいる人に、

必ずしも正しい言葉を言う必要はありません。

時には、

ただ隣に座ることが、

最も深い愛になることがあります。

「何を言えばいいか分からないけれど、

私はここにいます。」

それだけでもいいのです。

第12部

孤独から交わりへ

第34章 あなたを必要としている人がいる

あなたが今、

「自分にはもう何の意味もない」

と思っているなら、

その考えを一人で結論にしないでください。

人生の意味は、

喪失の直後には見えないことがあります。

しかし、

見えないことと、

存在しないことは同じではありません。

第35章 小さなつながりから

大きな人間関係を一度に作る必要はありません。

一人に電話する。

一通のメッセージを送る。

教会に行く。

近所の人に挨拶する。

誰かと食事をする。

小さなつながりから始めてください。

第13部

心理学とキリスト教

第36章 心理学と信仰は敵ではない

心理学は、

人間の心と行動を科学的に研究します。

キリスト教は、

神、人間、罪、救い、希望、永遠の命について語ります。

両者は、

同じ質問をすべて同じ方法で答えるわけではありません。

しかし、

人間の苦しみを理解し、

人を支えるという点で、

対話できる領域があります。

第37章 宗教的コーピング

研究では、

宗教や信仰を用いて喪失に対処する「宗教的コーピング」が研究されています。

特に、

神への信頼、

祈り、

共同体、

意味づけ、

希望、

赦し、

などが重要なテーマです。

キリスト教徒の死別を調べた近年の研究でも、宗教的コーピングだけでなく、感情的支援やマインドフルネスなどの心理的資源を合わせて考えることが重要とされています(Park et al., 2026)。

第38章 健全な信仰と不健全な宗教的罪悪感

信仰は、

「あなたが悲しんでいるのは信仰が弱いから」

と言うために使うものではありません。

「もっと信じれば、悲しみはなくなる」

と単純化するものでもありません。

悲しみは、

信仰の欠如を自動的に意味しません。

イエスを信じる人も、

泣きます。

悲しみます。

質問します。

助けを求めます。

第14部

イエスとともに悲しむ

第39章 キリストはあなたの痛みを知らない方ではない

イエスは、

人間の苦しみから遠く離れた方ではありません。

十字架があります。

裏切りがあります。

孤独があります。

死があります。

涙があります。

だから、

あなたが苦しみの中で、

「イエス様、私のことを分かってください」

と祈るとき、

キリスト教は、

「彼は人間の苦しみを知らない」

とは教えません。

第40章 十字架のそばに立つ

十字架は、

「苦しみは存在しない」

とは言いません。

むしろ、

「苦しみのただ中にも神の愛がある」

という希望を示します。

十字架の後には、

復活があります。

第15部

復活の希望

第41章 死は最後の言葉なのか

キリスト教信仰の中心には、

イエス・キリストの復活があります。

復活は、

単なる「前向きな考え方」ではありません。

キリスト教にとって、

死が最終的な勝利者ではない、

という信仰です。

第42章 「また会える」という希望

愛する人を失った人にとって、

再会への希望は非常に大きな意味を持つことがあります。

キリスト教は、

キリストにある永遠の命を希望として語ります。

ただし、

誰がどのように最終的な状態になるかについて、

私たちが神の代わりに断定することはできません。

だから、

悲しんでいる人には、

安易な断言ではなく、

神の約束への希望を伝えることが大切です。

第16部

明日を生きる

第43章 一日ずつでいい

あなたは、

一生分の悲しみを今日解決する必要はありません。

今日は今日だけ。

明日は明日。

一日ずつ生きてください。

第44章 食べること

悲しみの中では、

食欲が変化することがあります。

それでも、

少し食べる。

水分を取る。

身体を休ませる。

生活の基本を守る。

それは、

自分を大切にする行為です。

第45章 眠ること

眠れない夜が続く場合、

一人で我慢し続けないでください。

医療機関に相談することもできます。

信仰と医療は、

敵ではありません。

神を信じる人が、

医師に相談してもよいのです。

第17部

深い悲しみが続くとき

第46章 専門家に相談する勇気

悲しみが非常に強く、

日常生活ができない。

長期間眠れない。

食事が取れない。

強い不安が続く。

仕事や学校に行けない。

自分を責め続ける。

生きること自体をやめたいと思う。

このような状態では、

心理職、精神科医、心療内科医、その他の適切な専門家に相談してください。

心理的介入についての系統的レビューとメタ分析では、成人の悲嘆症状に対する心理的介入に一定の効果が認められています(Johannsen et al., 2019)。

第47章 「助けて」と言っていい

「助けてください」

という言葉は、

弱さではありません。

それは、

生きようとしている人の言葉です。

日本の厚生労働省も、

一人で悩みを抱え込まず、

相談窓口やSNS相談などを利用することを案内しています。

第18部

自死によって愛する人を失った人へ

第48章 特別な痛み

自死による死別には、

悲しみだけでなく、

罪悪感、

怒り、

恥、

「なぜ気づかなかったのか」

という問い、

社会からの偏見などが重なることがあります。

厚生労働省も、

自死遺族には心理的・身体的・生活面などさまざまな影響が生じる可能性があり、

専門家につなぐ支援の重要性を示しています。

第49章 あなたの責任ではない

「あの時、もっと話していれば」

「あの時、電話していれば」

という思いが出てくるかもしれません。

しかし、

他人の人生のすべてを一人で管理することはできません。

あなたが、

その死のすべての責任を背負う必要はありません。

第50章 神はあなたを責めない

神の前に、

「私は気づけなかった」

「私は守れなかった」

と泣いてください。

神に、

あなたの罪悪感を持っていってください。

キリストの福音は、

苦しんでいる人をさらに裁くためではありません。

第19部

イエスを知る

第51章 イエスとは誰なのか

キリスト教の中心は、

宗教制度ではありません。

規則だけでもありません。

成功哲学でもありません。

中心にいるのは、

イエス・キリストです。

第52章 イエスはあなたを招いている

イエスは、

「あなたが十分に良くなったら来なさい」

とは言いません。

「あなたの人生を完全に整理してから来なさい」

とも言いません。

「今のあなたのままで、

私のもとに来なさい」

という招きがあります。

第53章 信じるとは何か

イエスを信じるとは、

単に、

「イエスという人物が歴史上存在した」

と認めることだけではありません。

キリスト教では、

イエスを主として信頼し、

自分自身を神に委ね、

罪の赦しを受け、

新しい人生を歩むことを意味します。

第20部

救い

第54章 救いは努力の報酬ではない

人間は、

「良いことをすれば神に受け入れてもらえる」

と考えやすいものです。

しかし新約聖書は、

救いを神の恵みとして語ります。

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神からの賜物です。」

(エペソ人への手紙2章8節、新改訳2017)

救いは、

成績表ではありません。

第55章 十字架

イエス・キリストは、

十字架にかかりました。

キリスト教では、

この十字架を通して、

罪に対する神の裁きと、

人間に対する神の愛が示されたと信じます。

ローマ人への手紙5章8節は、

人間がまだ罪人であったときにキリストが死なれたことによって、

神の愛が示されたと教えます。

第56章 復活

しかし、

十字架で終わりません。

イエスは復活された、

というのがキリスト教信仰の中心です。

だから、

死の中にも希望があります。

絶望の中にも希望があります。

終わりに見える場所にも、

神の新しい働きを信じることができます。

第21部

イエスのもとへ

第57章 最初の一歩

もしあなたが、

「イエスを知りたい」

と思うなら、

難しいことから始める必要はありません。

まず、

「イエス様、

私を助けてください。」

と祈ってください。

第58章 短い祈り

「イエス様、

私は悲しいです。

私は寂しいです。

私は愛する人を失いました。

私はどうすればよいか分かりません。

私の痛みを知ってください。

私の心に入ってください。

私を導いてください。

私の罪を赦してください。

私に新しい希望を与えてください。

あなたを信じることができるようにしてください。

アーメン。」

第22部

イエスと歩く

第59章 聖書を読む

まず、

マルコによる福音書、

またはヨハネによる福音書から読んでみてください。

毎日一章で十分です。

「イエスはどのような方なのか」

を知るために読んでください。

第60章 祈る

祈りは、

特別な言葉を使う必要はありません。

「イエス様、今日も悲しいです。」

「イエス様、助けてください。」

「イエス様、ありがとう。」

それだけでも祈りです。

第61章 教会を探す

聖書を大切にし、

イエス・キリストを中心として礼拝している教会を探してください。

一人で信仰を続ける必要はありません。

キリスト教には、

「教会」という共同体があります。

第23部

悲しみの中で他人を助ける

第62章 あなたの痛みが誰かを支えることがある

あなたが経験した痛みは、

決して望んだものではなかったかもしれません。

しかし、

その痛みを通して、

同じ苦しみを抱える人に寄り添えるようになることがあります。

第63章 「分かります」と言いすぎない

悲しんでいる人に、

「私も分かります」

と言うより、

「あなたのそばにいます」

と言うほうがよい場合があります。

人の悲しみは、

完全に同じではないからです。

第64章 ただ一緒にいる

悲しむ人には、

説教より、

存在が必要なことがあります。

食事を持っていく。

電話する。

隣に座る。

一緒に祈る。

それだけでいい日があります。

第24部

希望

第65章 希望とは何か

希望とは、

「何も悪いことが起きない」

という意味ではありません。

希望とは、

悪いことが起きても、

人生にはまだ意味があると信じることです。

キリスト教の希望は、

神が最後まで見捨てない、

という信頼に根ざしています。

第66章 あなたの物語は終わっていない

あなたの人生に、

大きな章が終わったかもしれません。

しかし、

物語全体が終わったとは限りません。

神とともに、

新しい章を書くことができます。

第25部

天国への希望

第67章 永遠の命

キリスト教は、

この地上の人生だけを最終的な現実とは考えません。

イエス・キリストを信じる者に、

永遠の命の希望があります。

この希望は、

死を軽く扱うことではありません。

むしろ、

死を深刻に見つめながらも、

死が最後の言葉ではないと信じることです。

第68章 神が涙を拭う

ヨハネの黙示録21章には、

神が人々の目から涙を拭うという美しい希望が描かれています。

「もはや死はなく、悲しみも、叫びも、苦しみもない。」

(ヨハネの黙示録21章4節の要旨)

これは、

悲しんでいる人にとって、

大きな終末的希望です。

第26部

今日を生きる

第69章 今日の恵み

あなたは、

未来をすべて理解する必要はありません。

今日を生きてください。

今日、食べる。

今日、眠る。

今日、祈る。

今日、人と話す。

今日、神に委ねる。

それでいいのです。

第70章 小さな喜びを許す

悲しんでいる人が笑うと、

「もう悲しくないのか」

と思うことがあります。

しかし、

笑うことは裏切りではありません。

楽しむことは、

亡くなった人を忘れることではありません。

生きることは、

愛する人を裏切ることではありません。

第27部

新しい人生

第71章 あなたは再び愛することができる

喪失後、

「もう誰も愛したくない」

と思うことがあります。

また失うのが怖いからです。

しかし、

愛することには、

傷つく可能性もあります。

それでも、

愛は人生の大切な部分です。

第72章 もう一度笑っていい

あなたは、

もう一度笑っていい。

旅行していい。

友人と食事していい。

音楽を聴いていい。

夢を持っていい。

新しい人生を始めていい。

それは、

亡くなった人を忘れることではありません。

第28部

祈りの生活

第73章 朝の祈り

「主イエス・キリストよ。

今日も私に命を与えてくださってありがとうございます。

私の心にはまだ悲しみがあります。

その悲しみをあなたに委ねます。

今日一日、

私を導いてください。

アーメン。」

第74章 夜の祈り

「主イエス様。

今日も一日を守ってくださってありがとうございます。

今日も私はあの人を思い出しました。

まだ寂しいです。

でも、

今夜はあなたに私の心を委ねます。

眠っている間も、

私を守ってください。

アーメン。」

第29部

最も深い慰め

第75章 あなたは忘れられていない

人があなたの悲しみを忘れても、

神は忘れない。

人が、

「もう大丈夫でしょう」

と言っても、

神はあなたの心を知っています。

あなたが夜に泣いたこと。

誰にも言えなかったこと。

心の中で何度も名前を呼んだこと。

神は知っています。

第76章 イエスはあなたのそばにいる

キリスト教の最も深い希望の一つは、

神が遠く離れているのではなく、

人間の苦しみの中に近づいてくださる、

ということです。

イエスは、

悲しむ人の涙を軽蔑しません。

孤独な人を見捨てません。

罪人を拒絶するためだけに来られたのではありません。

救うために来られました。

第30部

あなたへの最後の招き

第77章 愛する人を失ったあなたへ

あなたの心に、

今も空いた場所があるかもしれません。

その場所を、

無理に埋めなくていい。

まず、

その痛みを認めてください。

そして、

神の前に持っていってください。

第78章 イエスのもとへ来てください

あなたがクリスチャンでなくても、

イエスのもとへ来ていい。

教会に行ったことがなくても、

イエスのもとへ来ていい。

聖書を読んだことがなくても、

イエスのもとへ来ていい。

信仰が小さくても、

イエスのもとへ来ていい。

涙を流しながらでもいい。

「イエス様、

助けてください。」

それが、

あなたの最初の祈りになるかもしれません。

第79章 「あなたを忘れない」

あなたが、

「私は一人だ」

と思う夜に、

この言葉を思い出してください。

あなたは忘れられていない。

あなたは見捨てられていない。

あなたの涙は無意味ではない。

あなたの人生は終わっていない。

神には、

あなたのための明日があります。

第80章 最後の祈り

主イエス・キリストよ。

この本を読んでいる人の心をご覧ください。

その人が、

愛する人を失っているなら、

その悲しみを知ってください。

その人が、

孤独なら、

その孤独の中にいてください。

その人が、

夜に泣いているなら、

その涙を受け止めてください。

その人が、

「神様、なぜですか」

と尋ねているなら、

その問いの中でも、

あなたを求めることができるようにしてください。

その人が、

自分を責めているなら、

あなたの恵みを知らせてください。

その人が、

罪悪感を抱えているなら、

赦しの道を示してください。

その人が、

生きる希望を失っているなら、

明日へ歩く力を与えてください。

その人が、

まだあなたを知らないなら、

あなたご自身を知る機会を与えてください。

主イエスよ、

あなたが語られた、

「わたしのもとに来なさい」

という招きを、

この人が聞くことができますように。

悲しみの中にも希望を。

孤独の中にも臨在を。

罪の中にも赦しを。

絶望の中にも光を。

死の前にも復活の希望を。

与えてください。

この人の人生を、

あなたの御手に委ねます。

アーメン。

付録1

七日間の「イエスと歩む」悲嘆回復の祈り

一日目――「私は悲しい」

神に、

自分の本当の気持ちを話す。

二日目――「私は寂しい」

孤独を隠さず、

神と信頼できる人に話す。

三日目――「私は怒っている」

神に怒りをそのまま告げる。

四日目――「私は後悔している」

自分の罪悪感を神に委ねる。

五日目――「私は感謝している」

亡くなった人との思い出を三つ書く。

六日目――「私は希望を持ちたい」

イエスの復活について読む。

七日目――「私はあなたについて行きたい」

イエスに、

「私を導いてください」

と祈る。

付録2

悲しんでいる人を支えるための十の言葉

  1. 「あなたのことを考えています。」
  2. 「話したくなったら、私は聞きます。」
  3. 「今は何も言わなくても大丈夫です。」
  4. 「泣いても大丈夫です。」
  5. 「あなたの悲しみを急がせません。」
  6. 「一人で抱えなくていいですよ。」
  7. 「食事を持ってきましょうか。」
  8. 「一緒に教会へ行きましょうか。」
  9. 「一緒に祈ってもいいですか。」
  10. 「私はあなたのそばにいます。」

付録3

悲しんでいる人に避けたい言葉

「もう忘れなさい。」

「時間が解決する。」

「もっと強くなりなさい。」

「神様には理由があります。」

「あなたの信仰が弱いからです。」

「もっと祈れば大丈夫です。」

「他の人はもっと大変です。」

「もう前を向いてください。」

これらの言葉は、

励ますつもりでも、

悲しんでいる人に、

「自分の悲しみを理解してもらえない」

と感じさせることがあります。

付録4

心理学とキリスト教を統合して考えるための原則

原則1

悲しみは必ずしも病気ではない。

原則2

しかし、強い症状が長く続く場合には専門家へ相談する。

原則3

信仰は心理支援や医療の代替ではない。

原則4

心理支援と祈りは両立できる。

原則5

教会共同体は孤独を軽減する重要な社会的資源になり得る。

原則6

悲しみを急いで終わらせようとしない。

原則7

意味を再構築する時間を尊重する。

原則8

神への怒りや疑問も、祈りの中で扱うことができる。

原則9

悲しみながら笑うことは裏切りではない。

原則10

新しい人生を生きることは、亡くなった人を忘れることではない。

付録5

緊急時に助けを求める

もしあなたが、

「死にたい」

「消えてしまいたい」

「自分を傷つけたい」

「もう生きていけない」

と感じているなら、

その瞬間を一人で乗り越えようとしないでください。

信頼できる家族、友人、牧師、教会の指導者、医師、心理職などに、今の状態を伝えてください。

日本では厚生労働省が電話・SNS等による相談窓口を案内しており、「まもろうよ こころ」などの支援情報も提供しています。

緊急に自分の安全を確保できない場合は、地域の緊急医療・救急サービスを利用してください。

助けを求めることは、

信仰の弱さではありません。

生きるための勇気です。

付録6

本書の挿絵・キャラクターの統一美術設定

本書を日本の読者向けに視覚化する場合、

文章の重さに対して、

読者が安心してページを開ける温かい独自のアニメーション的表現を採用する。

基本的な人物表現

  • 大きく表情豊かな瞳
  • 髪や服に鮮やかで印象的な色彩
  • 少し動きのあるダイナミックな身体比率
  • 日本の都市・住宅・駅・教会・公園などを背景にする
  • 悲しみの場面でも過度に暗くしすぎない
  • 柔らかな光を用いて「希望」を表現する
  • 人物の表情を特に重視する
  • 涙、微笑み、祈り、驚き、安心などを大きく伝える
  • キリストを描く場面では、威圧的な人物ではなく、穏やかで慈愛に満ちた表情にする
  • 日本人読者が自然に感情移入できる現代日本の服装・生活環境を用いる

色彩の物語

悲しみの場面では、

青、灰色、紫などの落ち着いた色調を用いる。

希望が現れる場面では、

金色、暖かな白、淡い橙色などの光を徐々に加える。

イエスとの出会いの場面では、

人物の周囲を過度な超自然的演出で飾るのではなく、

「暖かな光」

「穏やかな表情」

「安心できる空間」

によって神の慰めを表現する。

表現上の重要な原則

悲しみを「かわいそうな人」として描かない。

悲しむ人物には、

尊厳、

人格、

強さ、

弱さ、

希望を同時に持たせる。

そして、

本書全体を通して、

「涙から光へ」

という視覚的な物語を形成する。

参考文献

Anderson, M. J., Marwit, S. J., Vandenberg, B., & Chibnall, J. T. (2005). Psychological and religious coping strategies of mothers bereaved by the sudden death of a child. Death Studies, 29(9), 811–826.

Baumeister, R. F., & Leary, M. R. (1995). The need to belong: Desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation. Psychological Bulletin, 117(3), 497–529.

Breen, L. J., et al. (2021). Psychological adjustment to spousal bereavement in older adults: A systematic review. OMEGA—Journal of Death and Dying.

Collison, E. A., Gramling, S. E., & Lord, B. D. (2015). The role of religious affiliation in Christian and unaffiliated bereaved emerging adults' use of religious coping. Death Studies.

Frankl, V. E. (2006). 夜と霧〔原著1946年〕. みすず書房.

Kelley, M. M., & Chan, K. T. (2012). Assessing the role of attachment to God, meaning, and religious coping as mediators in the grief experience. Death Studies.

Lundorff, M., et al. (2021). A systematic review of loneliness in bereavement: Current research and future directions. Current Opinion in Psychology.

Neff, K. D. (2003). Self-compassion: An alternative conceptualization of a healthy attitude toward oneself. Self and Identity, 2(2), 85–101.

Park, C. L., Emrich, M., Hall, M. E., Shannonhouse, L., Kapic, K., McMartin, J., & Aten, J. (2026). Secular versus religious resources and coping in adjustment to bereavement: Results from a national U.S. sample. Death Studies.

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.

Tangney, J. P., & Dearing, R. L. (2002). Shame and Guilt. Guilford Press.

World Health Organization. (2019). Burn-out an occupational phenomenon: International Classification of Diseases.

厚生労働省(2026)『相談先一覧――自殺対策』.

厚生労働省(2026)『孤独・孤立対策のための自殺防止対策事業』.

聖書参考文献

日本聖書協会(1955)『口語訳聖書』日本聖書協会。

日本聖書協会(1987)『聖書 新共同訳』日本聖書協会。

新日本聖書刊行会(2017)『聖書 新改訳2017』いのちのことば社。

主な聖書箇所

詩篇23篇
詩篇34篇
詩篇42篇
詩篇46篇
詩篇55篇
詩篇91篇
詩篇121篇
詩篇139篇
イザヤ書41章10節
マタイによる福音書5章4節
マタイによる福音書11章28–30節
ヨハネによる福音書11章1–44節
ヨハネによる福音書14章1–27節
ヨハネによる福音書16章33節
ローマ人への手紙5章1–8節
ローマ人への手紙8章31–39節
コリント人への手紙第一15章
コリント人への手紙第二1章3–5節
エペソ人への手紙2章8–10節
ピリピ人への手紙4章4–9節
テサロニケ人への手紙第一4章13–18節
ヨハネの黙示録21章1–5節

著者紹介

ラリー・アダムズ教授

Prof. Dr. Larry Adams

ラリー・アダムズ教授は、高等教育、博士課程教育、研究指導、経営学、研究方法論、リーダーシップ、神学・キリスト教思想などの領域に関わる教育者、研究者、著述家である。

長年にわたり大学・高等教育機関において教育、研究、博士課程指導、論文指導・審査などに携わり、人間の人生、教育、組織、意味、信仰、社会との関係について研究・執筆してきた。

本書では、

「人間は悲しみの中でどのように生きるのか」

という心理学的な問いと、

「苦しみの中で神をどのように求めることができるのか」

というキリスト教的な問いを重ね合わせている。

本書の目的は、

悲しむ人に簡単な答えを与えることではない。

痛みを否定することでもない。

悲しみを急いで終わらせることでもない。

むしろ、

悲しむ人が自分の涙を受け入れ、

必要な支援を受け、

人とのつながりを回復し、

そして、

イエス・キリストの中に希望を見いだす道を示すことである。

著者から読者へ

あなたへ。

もし今、

愛する人を失ったばかりなら、

無理に強くならなくていい。

泣いてください。

祈ってください。

誰かに話してください。

必要なら専門家に助けを求めてください。

そして、

少しずつ歩いてください。

あなたが愛した人を、

忘れなくてもいい。

悲しみながらでも、

生きていい。

笑ってもいい。

未来を夢見てもいい。

そして、

もう一度愛してもいい。

何よりも、

あなたがこの本を通して、

イエス・キリストの言葉を聞くことができますように。

「わたしのもとに来なさい。」

この招きは、

強い人だけのためではありません。

成功者だけのためでもありません。

宗教家だけのためでもありません。

疲れた人のためです。

悲しんでいる人のためです。

孤独な人のためです。

傷ついている人のためです。

あなたのためです。

あなたが、

今日、

小さな一歩を踏み出せますように。

そして、

その一歩が、

イエス・キリストとともに歩む人生の始まりとなりますように。

ラリー・アダムズ教授

Prof. Dr. Larry Adams