SERIES III — WORK, PRESSURE AND THE JAPANESE WORKPLACE
15. 24時間働く人
スマートフォン、仕事文化、常時接続、疲労から、意味ある人生を取り戻す
24時間働く人
Japanese Title: 24時間働く人
English Title: The 24-Hour Worker
著者
Prof. Dr. Larry Adams
はじめに
私たちは、かつてないほど便利な時代に生きている。
スマートフォン一台があれば、電子メールを確認できる。仕事の資料を送ることができる。オンライン会議に参加できる。学生や同僚からの質問に答えることができる。顧客からの連絡を受けることができる。銀行取引を行うこともできる。ニュースを読むこともできる。
しかし、便利さには一つの大きな代償がある。
それは、仕事が私たちを追いかけてくるようになったことである。
以前は、仕事から帰宅するという物理的な行為があった。会社を出て、電車や車に乗り、自宅へ戻る。その瞬間に、少なくとも物理的には仕事から離れることができた。
しかしスマートフォン時代には、会社を出ても仕事が終わらない。
ベッドの横にスマートフォンがある。
食卓の上にスマートフォンがある。
家族との時間にもスマートフォンがある。
礼拝の時間にもスマートフォンがある。
休日にもスマートフォンがある。
旅行中にもスマートフォンがある。
そして、深夜にも仕事の通知が届く。
こうして人間は、勤務時間が終わった後も、心理的には勤務を続けることになる。
この状態を本書では「24時間働く人」と呼ぶ。
ここでいう「24時間働く人」とは、文字通り24時間労働している人だけを意味しない。むしろ、身体は仕事をしていなくても、心が仕事から離れられない人を意味する。
「メールが来ていないか。」
「誰かからメッセージが来ていないか。」
「上司から連絡が来ていないか。」
「学生から質問が来ていないか。」
「明日の会議の資料は大丈夫か。」
「この仕事を終えなければならない。」
このような思考が一日中続いているなら、その人は勤務時間だけ働いているのではない。
その人は、仕事を心の中に持ち帰っている。
そして、仕事が心の中に住み始めると、家は休息の場所ではなくなる。
本書は、この現象を単なる「スマートフォン依存」の問題として扱わない。
それはもっと深い問題である。
それは、人間とは何者なのか、仕事とは何なのか、休息とは何なのか、人生には何の価値があるのかという問題である。
WHOとILOは、週55時間以上働くことと脳卒中および虚血性心疾患のリスクとの関連を報告している。2016年には、週55時間以上の労働に関連して約74万5,000人がこれらの疾患で死亡したと推計された(WHO & ILO, 2021)。この数字は、長時間労働を「頑張っている証拠」として美化することの危険性を示している。
しかし、本書の目的は仕事を否定することではない。
仕事には価値がある。
仕事には尊厳がある。
仕事は社会に貢献する。
仕事は人間の創造性を表現する。
仕事を通して、人は他者を助け、家族を支え、社会を発展させることができる。
問題は、仕事が人生の主人になったときである。
人間が仕事をするのであって、仕事のために人間が存在するのではない。
マルコによる福音書2章27節でイエスは、「安息日は人のために設けられた」と教えている。この言葉は、休息が人間の敵ではなく、人間のために与えられたものであることを示す重要なキリスト教的原則である。
そしてイエスは、疲れた人々に向かって、
「疲れた者、重荷を負う者は、わたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげよう」
と招いている(マタイ11:28)。
これは単なる宗教的な美しい言葉ではない。
それは、疲れ果てた人間に対する神の招きである。
あなたは仕事だけのために生きる必要はない。
あなたの価値は、あなたの生産性によって決まるものではない。
あなたは、休むことによって価値を失うのではない。
本書は、その真実を現代社会の中で考えるための一冊である。
第1章
24時間働く人とは誰か
「24時間働く人」という表現は、現代社会の一つの逆説を表している。
人間の勤務時間は制度上ある程度決められている。しかし、デジタル技術によって、仕事への心理的アクセスは24時間可能になった。
仕事の時間と生活の時間の境界が曖昧になっているのである。
以前の職場では、「勤務開始」と「勤務終了」が比較的明確だった。
しかし現在では、勤務終了後に上司からメールが届き、夜に返信し、翌朝早くその返信について質問されることがある。
これは正式な勤務時間として記録されない場合もある。
それでも、労働者の時間と注意力は消費されている。
つまり、労働時間という概念だけでは、現代の仕事負担を完全には説明できない。
重要なのは、注意力の占有時間である。
スマートフォンが鳴るたびに、私たちの注意は仕事へ向かう。
通知を確認する。
返信する。
再び仕事について考える。
そして仕事から離れたと思った瞬間、別の通知が来る。
この小さな中断が積み重なることで、精神的な休息が失われる。
Sonnentag and Fritz(2007)は、仕事からの心理的な切り離し、リラックス、熟達経験、コントロール感が、仕事後の回復に重要であることを示している。
したがって、休息とは単に「仕事をしていない時間」ではない。
休息とは、仕事から心理的にも離れることである。
第2章
スマートフォンが職場を家庭へ運んできた
スマートフォンは職場と家庭の間に存在していた物理的な壁を取り除いた。
これは多くの点で素晴らしいことである。
医師は緊急事態に対応できる。
研究者は世界中の研究者と協力できる。
大学教授は学生の質問に迅速に対応できる。
企業経営者は世界の市場を監視できる。
家族は遠くにいる人とつながることができる。
しかし、同じ技術が仕事を家庭へ持ち込むことも可能にした。
ここにデジタル時代の大きな矛盾がある。
接続性は自由を増やす一方で、切断する自由を減らす可能性がある。
技術そのものが悪いのではない。
問題は、技術が人間の時間を支配するようになったときに生じる。
スマートフォンは道具である。
しかし、道具が主人になったとき、人間は道具の奴隷になる。
第3章
「返信しなければ」という心理
現代の労働者の多くは、実際に命令されなくても仕事に応答する。
上司から、
「今夜返信してください」
と言われていない。
それでも返信する。
なぜだろうか。
その理由の一つは、組織文化である。
もう一つは評価への不安である。
さらに、キャリアへの不安、失業への恐れ、昇進への期待、同僚との比較、完璧主義などが関係している。
「返信が遅いと思われたくない。」
「仕事をしていないと思われたくない。」
「責任感がないと思われたくない。」
「他の人は返信している。」
このような心理によって、労働者は自分自身で勤務時間を延長してしまう。
ここで重要なのは、強制労働だけが問題なのではないということである。
社会的期待と自己期待も、人間を過剰労働へ導く。
第4章
いつでも利用可能であることの罠
「いつでも連絡が取れる」ということは、一見すると責任感の象徴である。
しかし、常時利用可能であることが職業上の標準になると、それは新しい負担になる。
一人が夜でも返信すると、他の人も返信することを期待されるようになる。
一人が休日にも仕事をすると、休日に働かない人が「やる気がない」と見なされる危険がある。
こうして個人の選択が組織文化になる。
これは重要な問題である。
なぜなら、「自分で選んでいる」と見えても、実際には社会的圧力によって選択している可能性があるからである。
Deci and Ryan(2000)の自己決定理論は、人間が自律性、有能感、関係性を必要とすることを示している。
自律性とは、自分の人生について一定の自己決定権を持つことである。
仕事が24時間生活に入り込むと、自律性が失われる可能性がある。
第5章
疲労は突然始まるのではない
深刻な疲労は、通常、一日で発生するものではない。
最初は小さな兆候から始まる。
睡眠時間が少し短くなる。
朝起きても疲れている。
週末に寝続ける。
家族との会話が減る。
趣味をやめる。
運動をしなくなる。
友人に会わなくなる。
仕事のことばかり考える。
そして、ある日、自分が何のために働いているのか分からなくなる。
Maslach and Leiter(2016)は、バーンアウトを単純な疲労ではなく、仕事と人間の関係の中で生じる複雑な問題として論じている。
したがって、「もっと休めばいい」という助言だけでは十分ではない。
必要なのは、疲労を生み出している仕事の構造そのものを見ることである。
第6章
睡眠を奪われる社会
睡眠は贅沢ではない。
睡眠は人間の生理的・心理的機能を維持する基本的条件である。
しかし、24時間型の仕事文化では、睡眠が最初に削られやすい。
「あと一つだけメールを返そう。」
「あと少しだけ資料を作ろう。」
「スマートフォンを少しだけ見よう。」
そして「少しだけ」が深夜まで続く。
夜間のデジタル使用は、仕事だけでなく、SNS、ニュース、動画、メッセージなどによっても睡眠を圧迫する。
このため、デジタル休息と睡眠衛生を分けて考えることが重要である。
夜には「仕事をしない」だけでは不十分な場合がある。
仕事について考えない時間をつくることも必要なのである。
第7章
長時間労働は健康問題である
長時間労働は単なる時間管理の問題ではない。
WHOとILOの共同推計では、2016年に週55時間以上働いた人は世界で約4億7,900万人、世界人口の約9%に相当した。そして、週55時間以上の労働に関連する脳卒中と虚血性心疾患によって、約74万5,000人が死亡したと推計されている(WHO & ILO, 2021)。
同じ研究では、週35~40時間働く人と比較して、週55時間以上働く人では脳卒中リスクが約35%高く、虚血性心疾患による死亡リスクが約17%高いと推計された(WHO & ILO, 2021)。
この数字は、長時間労働を「勤勉」という言葉だけで説明することができないことを示している。
仕事には価値がある。
しかし、生命を破壊するほどの仕事は、人間の尊厳という観点から再検討されなければならない。
第8章
仕事を家に持ち帰る
仕事を家に持ち帰るという表現には二つの意味がある。
一つは、物理的に仕事を持ち帰ること。
もう一つは、心理的に仕事を持ち帰ること。
後者の方が見えにくい。
家族と食事をしながら仕事のことを考える。
子どもと話しながらスマートフォンを見る。
配偶者と会話しながらメールを確認する。
テレビを見ながら翌日の会議を考える。
身体は家庭にいる。
しかし心は職場にいる。
これが「心理的な不在」である。
Greenhaus and Beutell(1985)が示した仕事と家庭の葛藤の考え方からも、仕事上の要求が家庭生活へ影響を及ぼすことは理解できる。
家族にとって最もつらいことは、必ずしも「家に帰ってこないこと」ではない。
時には、
「帰ってきたのに、ここにいない」
ことである。
第9章
家族の時間は取り戻せない
仕事のメールは後で返信できる。
会議の資料は明日作ることができる。
しかし、子どもの成長は戻ってこない。
家族との夕食の一回一回も戻ってこない。
親との会話も戻ってこない。
人生の時間には、経済的価値だけでは測れないものがある。
子どもが最初に歩いた瞬間。
家族が一緒に食卓を囲んだ夜。
病気になった親を訪問した日。
配偶者と静かに話した時間。
友人と笑った時間。
これらは履歴書には書けない。
しかし、人生において非常に重要である。
人生の最後に、「もっとメールを返信しておけばよかった」と後悔する人は多くないだろう。
むしろ、「もっと家族と時間を過ごせばよかった」「もっと人を愛せばよかった」「もっと生きればよかった」という後悔の方が、人間の本質に近い。
第10章
「忙しい人」が価値のある人なのか
現代社会には、「忙しいこと」が一種のステータスになる文化がある。
「忙しいです。」
「毎日遅くまで働いています。」
「ほとんど休みがありません。」
このような言葉が、努力や重要性の証拠として受け取られることがある。
しかし、
忙しいことと重要なことをしていることは同じではない。
忙しさは、優先順位の欠如を意味する場合もある。
仕事が多いことと、価値を生み出していることも同じではない。
返信メールを100通送ることと、人生を良くする一つの重要な仕事を完成させることは違う。
Covey(1989)が示した時間管理の考え方にも通じるように、重要なのは単に時間を埋めることではなく、重要なものを見極めることである。
第11章
「生産性」と人間の価値を分ける
現代企業では、生産性は重要である。
しかし、人間の価値を生産性だけで評価してはいけない。
人間は機械ではない。
機械は稼働時間を増やすことで生産量を増やせる場合がある。
しかし人間には、疲労、感情、関係、創造性、身体、精神、信仰、家族、意味がある。
したがって、
人間を機械のように最適化することは、人間を理解することではない。
人間には休息が必要である。
人間には沈黙が必要である。
人間には愛が必要である。
人間には遊びが必要である。
人間には礼拝が必要である。
人間には「何もしない時間」さえ必要である。
第12章
デジタル時代の心理的切断
仕事から離れるためには、物理的切断だけでは不十分である。
心理的切断が必要である。
Sonnentag and Fritz(2007)の研究は、仕事から心理的に離れることが回復に重要であることを示している。
そこで、現代人には「デジタル切断」の習慣が必要になる。
たとえば、
午後8時以降は仕事メールを確認しない。
寝室に仕事用スマートフォンを持ち込まない。
休日は通知を停止する。
食事中はスマートフォンを別の場所に置く。
礼拝中はスマートフォンを機内モードにする。
家族との時間には仕事用アプリを開かない。
これは反テクノロジーではない。
むしろ、テクノロジーを人間が管理するための方法である。
第13章
「今すぐ」という幻想
デジタル文化は、「今すぐ」という感覚を強める。
今すぐ返信。
今すぐ確認。
今すぐ承認。
今すぐ決定。
今すぐ送信。
しかし、すべてが緊急ではない。
「重要」と「緊急」は同じではない。
本当に緊急な問題は少ない。
しかし、スマートフォンはすべての通知を緊急であるかのように表示する。
一つの通知音が、人間の注意を奪う。
したがって、成熟したデジタル生活とは、
すべての通知に反応することではなく、何に反応しないかを選択する能力
でもある。
第14章
仕事中毒とアイデンティティ
一部の人にとって、仕事は単なる職業ではない。
仕事が自己そのものになる。
「私は教授です。」
「私は医師です。」
「私は経営者です。」
「私は研究者です。」
「私はCEOです。」
「私は成功した人間です。」
職業は重要である。
しかし、人間は職業以上の存在である。
仕事を失ったとき、自分が誰なのか分からなくなるなら、それは仕事がアイデンティティの大部分を占めすぎている可能性がある。
キリスト教的には、人間の最終的な価値は職業によってではなく、神によって与えられる尊厳に基づく。
仕事は召命の一部になり得る。
しかし、仕事そのものを神の位置に置いてはいけない。
第15章
休むことへの罪悪感
「休んでいると罪悪感がある。」
これは現代の勤勉な人々が経験する問題である。
仕事をしていないと、自分が怠けているように感じる。
しかし、休息は怠惰ではない。
休息は人間の生命活動の一部である。
旧約聖書の創世記では、創造の物語において働きと休みのリズムが描かれている。
出エジプト記20章では安息日が命じられ、「六日の間働いて、あなたのすべての仕事をしなさい。しかし七日目は、あなたの神、主の安息日である」と教えられている(出エジプト20:8–11)。
重要なのは、安息が仕事の反対ではないということである。
安息は、仕事を正しい場所に戻す。
第16章
安息日という抵抗
安息日という概念は、24時間労働文化に対する強力な神学的抵抗になる。
安息日は、
「あなたは仕事ではない」
という宣言である。
「あなたの価値は生産性では決まらない」
という宣言である。
「世界はあなたが24時間働かなくても動く」
という宣言でもある。
マルコ2章27節でイエスは、「安息日は人のために設けられた」と教えた(Mark 2:27)。
つまり、安息は人間を苦しめる規則ではなく、人間を守るための贈り物として理解できる。
安息日は、
仕事を止める。
急ぐことを止める。
証明しようとすることを止める。
競争を止める。
そして、ただ神の前に存在する。
その意味で安息は、現代社会に対する静かな抵抗である。
第17章
イエスと疲れた人
本書のキリスト教的中心は、マタイ11章28–30節にある。
イエスは疲れた人々に向かって、「わたしのもとに来なさい」と招いている。
これは、
「もっと頑張りなさい」
という招きではない。
「もっと生産的になりなさい」
という招きでもない。
まず、
「来なさい」
という招きである。
キリスト教における休息は、単なる身体的停止ではない。
それは、神への信頼でもある。
「すべてを自分で支配しなければならない」という幻想を手放すことである。
人間には限界がある。
その限界を認めることは失敗ではない。
それは人間であることを認めることである。
第18章
人間の尊厳は生産性より大きい
社会が人を、
「どれだけ働けるか」
で測るようになると、病気の人、高齢者、障害者、失業者、育児中の人、介護を担う人、休息を必要とする人が低く評価される危険がある。
しかし、人間の尊厳は生産性によって決まらない。
子どもは高い生産性を持たなくても尊い。
高齢者も尊い。
病気の人も尊い。
休んでいる人も尊い。
失敗した人も尊い。
仕事をしていない時間にも、人間の価値は存在する。
これはキリスト教思想における「神のかたち(imago Dei)」という人間観とも深く関連する。
人間の価値は、何を生産したかだけではなく、神によって造られた存在としての尊厳にある。
第19章
職場は24時間である必要があるのか
グローバル化によって、企業活動は24時間化しやすくなった。
日本の昼間が、他国では夜間である。
アメリカが勤務時間中なら、日本では夜かもしれない。
ヨーロッパとアジアの時間帯も異なる。
国際的な大学、企業、研究機関では、この問題はさらに複雑になる。
しかし、グローバルであることと、一人の人間が24時間対応することは同じではない。
組織はタイムゾーンを管理する必要がある。
個人が世界中の時間帯に同時に対応する必要はない。
したがって、国際組織には、
「誰が、どの時間帯に、どの程度対応するのか」
という明確なルールが必要である。
第20章
「右肩上がり」の人生から降りる
現代社会は成長を好む。
より高い給料。
より大きな肩書。
より多くの論文。
より多くの学生。
より多くの顧客。
より多くの売上。
より多くのフォロワー。
しかし、人生には「もっと」だけでは測れない領域がある。
深さ。
平和。
愛。
友情。
信仰。
家族。
知恵。
人格。
これらは必ずしも数値化できない。
人生の成功を数量だけで測ると、重要なものが見えなくなる。
第21章
子どもに何を教えるのか
子どもは大人を見て学ぶ。
親がいつもスマートフォンを見ていれば、子どもはそれを普通だと思う。
親が「仕事が人生だ」と言えば、子どももそれを学ぶ。
親が休日にもメールを返し続ければ、子どもは「休むことは悪い」と感じる可能性がある。
しかし、親が、
「今は家族の時間だからスマートフォンを置く」
と言えば、子どもは別の価値観を学ぶ。
それは、
人間関係は通知より重要である
というメッセージである。
第22章
企業が変えるべきこと
24時間労働文化を個人の責任だけにしてはいけない。
組織にも責任がある。
企業や大学などの組織は、次のような制度を検討できる。
第一に、勤務時間外の連絡について明確な方針を設定する。
第二に、緊急案件と通常案件を区別する。
第三に、管理職自身が休息の模範を示す。
第四に、休日にメールを送る場合でも即時返信を期待しない文化をつくる。
第五に、会議を必要最小限にする。
第六に、従業員の仕事量を定期的に評価する。
第七に、長時間労働の兆候を健康管理の観点から確認する。
厚生労働省も、長時間労働による健康障害を防止するため、時間外・休日労働の削減、年次有給休暇の取得促進、健康管理の強化、健康診断や医師による面接指導などを重視している(厚生労働省, 2025)。
第23章
管理者が作る「24時間文化」
管理者は、意図せず24時間文化を作ることがある。
夜11時にメールを送る。
休日にメッセージを送る。
早朝に返信を求める。
「いつでも連絡してください」と言う。
しかし、管理者の行動は部下へのメッセージになる。
夜11時のメールは、
「11時でも仕事をするのが普通」
というメッセージになる可能性がある。
したがって、リーダーには「何を言うか」だけでなく、「何時に何をするか」という責任がある。
リーダーが休むことは、部下にも休む許可を与える。
第24章
心理的安全性と休息
心理的安全性とは、Edmondson(1999)が示したように、対人関係上のリスクを取っても安全だと感じられるチーム環境に関係する概念である。
これを休息の問題に応用すると、
「今は返信できません」
「今日は休みます」
「この仕事量では期限に間に合いません」
「追加の仕事を引き受ける余裕がありません」
と言える環境が重要になる。
心理的安全性がない組織では、従業員は限界を隠す。
そして限界を隠したまま働き続ける。
その結果、問題が発見される頃には、疲労が深刻になっている可能性がある。
第25章
「NO」と言う技術
休息を取り戻すためには、「NO」と言う能力が必要である。
しかし、日本を含む多くの組織文化では、「NO」と言うことが難しい。
「お願いします」と言われれば引き受ける。
「あなたしかできない」と言われれば引き受ける。
「みんな忙しいから」と言われれば引き受ける。
しかし、すべてを引き受けることは責任感ではない。
時には、
「現在の業務を考えると、追加で引き受けるには優先順位の調整が必要です」
と言う方が、組織にとって誠実である。
第26章
24時間働かないための個人戦略
現代人は、自分のデジタル環境を意識的に設計する必要がある。
1.仕事用通知を分離する
すべてのアプリから通知を受け取る必要はない。
2.仕事終了時間を決める
「今日はここまで」という明確な境界をつくる。
3.寝室から仕事を追い出す
可能であれば、仕事用端末を寝室に置かない。
4.食事中はスマートフォンを置く
食事を「通知を見る時間」ではなく「人と会う時間」に戻す。
5.週に一度はデジタル安息日を設ける
完全な遮断が難しい場合でも、数時間から始める。
6.仕事以外の趣味を持つ
読書、音楽、運動、園芸、散歩、家族との時間など、仕事とは関係ない活動を持つ。
7.「返信しない」という選択肢を持つ
緊急でないメッセージは翌日に返信してよい。
第27章
30日間「24時間労働」から離れるプログラム
第1週――気づく
1日目
一日のスマートフォン使用時間を記録する。
2日目
仕事関連の通知数を記録する。
3日目
何時まで仕事メールを確認しているか記録する。
4日目
睡眠時間を記録する。
5日目
家族と過ごした時間を記録する。
6日目
仕事をしなかった時間を記録する。
7日目
一週間を振り返る。
第2週――境界をつくる
「仕事終了時間」を設定する。
例えば、
午後7時以降は通常の仕事メールに返信しない。
というルールを設定する。
ただし、職種によっては緊急対応が必要な場合があるため、自分の責任範囲に応じて調整する。
第3週――人生を取り戻す
この週には、仕事以外の活動を増やす。
家族との食事。
散歩。
読書。
友人との会話。
教会での礼拝。
祈り。
自然の中で過ごす時間。
趣味。
休息。
第4週――人生を再設計する
最後の週には、次の問いに答える。
私は何のために働いているのか。
私にとって本当に重要なものは何か。
私の人生で失ってはいけないものは何か。
仕事がなくても私は誰なのか。
私はどのような人間になりたいのか。
神の前で、私はどのように生きたいのか。
第28章
家庭に「デジタル安息日」を導入する
家庭で週に一度、一定時間スマートフォンから離れることを決めることができる。
その時間には、
テレビを消す。
仕事をしない。
メールを確認しない。
SNSを見ない。
家族と話す。
食事をする。
散歩する。
聖書を読む。
祈る。
歌う。
笑う。
何もしない。
これらを行う。
重要なのは、「何もしないこと」に価値を見出すことである。
第29章
教会とキリスト教共同体の役割
教会もまた、忙しさの文化から自由でなければならない。
教会活動であっても、人間を疲弊させるほどの活動量になれば、本来の目的を失う可能性がある。
キリスト教共同体は、
「もっと奉仕しなさい」
だけではなく、
「休みなさい」
とも言う必要がある。
牧師も休む必要がある。
宣教師も休む必要がある。
教会奉仕者も休む必要がある。
教師も休む必要がある。
信徒も休む必要がある。
なぜなら、神は人間を機械として創造したのではないからである。
第30章
仕事は人生の一部であって、人生そのものではない
仕事は人生の重要な部分である。
しかし、人生そのものではない。
あなたは仕事だけではない。
あなたは、
父親かもしれない。
母親かもしれない。
夫かもしれない。
妻かもしれない。
子どもかもしれない。
友人かもしれない。
隣人かもしれない。
教師かもしれない。
学生かもしれない。
信仰者かもしれない。
そして何より、一人の人間である。
仕事が人生のすべてになったとき、人間は人生の他の美しい部分を失い始める。
だからこそ、仕事を正しい場所に戻す必要がある。
第31章
「つながっていること」と「一緒にいること」は違う
スマートフォンによって、世界中の人とつながることができる。
しかし、デジタル接続は人間的な存在を完全には代替できない。
「オンラインでつながっている」
ことと、
「心を込めて一緒にいる」
ことは違う。
家族と同じ部屋にいること。
友人の話を聞くこと。
誰かの悲しみに寄り添うこと。
一緒に食事をすること。
静かに座ること。
これらは通知では測れない。
人間関係は帯域幅ではなく、存在によって深くなる。
第32章
休息は生産性の敵ではない
休息すると仕事が遅れると考える人がいる。
しかし、疲労した人間は必ずしも良い仕事をするわけではない。
疲労は判断、注意、感情調整、創造性、人間関係に影響を与える可能性がある。
したがって、休息を「仕事をしない時間」とだけ考えるのではなく、
仕事の質を守るための人間的条件
として考える必要がある。
企業にとっても、従業員を疲れ果てるまで働かせることと持続可能な高業績を実現することは同じではない。
第33章
本当の成功とは何か
本当の成功とは、何時まで働いたかではない。
どれだけ多くのメールを送ったかでもない。
どれだけ忙しかったかでもない。
本当の成功には、
健康がある。
家族がある。
友情がある。
人格がある。
知恵がある。
平和がある。
信仰がある。
奉仕がある。
そして意味がある。
仕事で成功しても、家族を失ったなら、その成功には問い直すべき部分がある。
仕事で有名になっても、自分自身を失ったなら、その成功は完全ではない。
第34章
「もう一度、生きる」
24時間働く人に必要なのは、単なる休暇ではない場合がある。
必要なのは、人生の再設計である。
何を減らすか。
何を残すか。
誰と時間を過ごすか。
何を大切にするか。
何を手放すか。
何を信じるか。
何のために働くか。
そして、
どのような人生を生きたいのか。
この問いに答えなければならない。
休息は単なる停止ではない。
休息は、人生の方向を確認するための時間である。
第35章
「あなたは一人ではない」
疲れている人は、自分だけが弱いのだと思うことがある。
「他の人はできている。」
「自分だけが疲れている。」
「もっと頑張らなければならない。」
しかし、人間には限界がある。
疲労を感じることは、人間として失敗している証拠ではない。
助けを求めることも弱さではない。
休むことも怠惰ではない。
「できない」と言うことも敗北ではない。
そして、必要であれば医療専門家、心理職、信頼できる家族、教会の指導者、職場の相談窓口などに助けを求めることが重要である。
第36章
24時間ではなく、人間らしく生きる
私たちは24時間を持っている。
しかし、その24時間すべてを仕事にする必要はない。
一日は、
仕事の時間。
家族の時間。
睡眠の時間。
食事の時間。
祈りの時間。
学びの時間。
友人との時間。
休息の時間。
静かな時間。
そして、何もしない時間。
によって構成されてよい。
人間の人生にはリズムが必要である。
昼と夜。
働くことと休むこと。
話すことと沈黙すること。
与えることと受け取ること。
活動と静けさ。
このリズムを失うと、人間は疲弊する。
第37章
キリスト教における「休む勇気」
キリスト教的な休息には、一つの重要な要素がある。
それは信頼である。
休むということは、
「私がすべてを管理しなくても、世界は動く」
と認めることである。
これは簡単ではない。
特に責任感の強い人にとって、休息は恐ろしいことさえある。
「私が止まったら、すべてが止まる。」
しかし、実際にはそうではない。
あなたが眠っている間も世界は動く。
あなたが休んでいる間も神は働いている。
あなたがすべてを管理しなくても、神は神である。
これがキリスト教的安息の深い意味の一つである。
第38章
「重荷を負っている人」への招き
マタイ11章28節でイエスは、疲れた者、重荷を負う者を招いている。
この招きは、現代の24時間労働者にも向けられている。
疲れた教授へ。
疲れた経営者へ。
疲れた医師へ。
疲れた教師へ。
疲れた学生へ。
疲れた親へ。
疲れた牧師へ。
疲れた研究者へ。
疲れた労働者へ。
そして、
「もう限界かもしれない」
と思っているすべての人へ。
イエスの招きは、
「もっと頑張れ」
ではない。
「わたしのもとに来なさい」
である。
そして、そこに休息の約束がある(Matthew 11:28–30)。
第39章
あなたのスマートフォンを主人にしない
スマートフォンは便利である。
しかし、スマートフォンにあなたの人生を決めさせてはいけない。
通知があなたの注意を決める必要はない。
メールがあなたの感情を決める必要はない。
SNSがあなたの価値を決める必要はない。
上司のメッセージがあなたの夜を決める必要はない。
仕事の数字があなたの人格を決める必要はない。
あなたは、スマートフォンより大きな存在である。
第40章
24時間働く人から「意味をもって生きる人」へ
本書の最終的な目的は、「仕事を減らしましょう」という単純なメッセージではない。
それより深い。
それは、
人生を取り戻そう
という招きである。
仕事をする。
しかし、仕事だけではない。
成功する。
しかし、成功だけではない。
学ぶ。
しかし、学問だけではない。
奉仕する。
しかし、奉仕だけではない。
働く。
そして休む。
愛する。
祈る。
笑う。
眠る。
考える。
家族と過ごす。
友人と話す。
神を礼拝する。
静かにする。
そして生きる。
これが人間らしい人生である。
終章
人間は24時間働くために造られたのではない
人間は機械ではない。
人間には限界がある。
人間には身体がある。
人間には心がある。
人間には魂がある。
人間には関係がある。
人間には信仰がある。
人間には愛がある。
だから、人間には休息が必要である。
24時間働くことは、24時間生きることではない。
むしろ、24時間仕事に占有されることで、人間は人生そのものを失う可能性がある。
仕事は重要である。
しかし、仕事は人生の主人ではない。
スマートフォンは便利である。
しかし、スマートフォンは人生の主人ではない。
お金は必要である。
しかし、お金は人生の主人ではない。
肩書は有益である。
しかし、肩書は人間の価値を決めない。
評価も重要である。
しかし、人間の尊厳を決めるものではない。
キリスト教的な視点から見るなら、人間の最終的な価値は神との関係の中にある。
そして、イエスは疲れた人々に向かって、
「わたしのもとに来なさい」
と招いている(Matthew 11:28)。
安息日は人間のために与えられた。
それは、人間が仕事の奴隷にならないためである。
だから、休むことを恐れてはいけない。
スマートフォンを置いてよい。
メールを明日に回してよい。
仕事を終えてよい。
家族と食事をしてよい。
眠ってよい。
祈ってよい。
礼拝してよい。
笑ってよい。
何もしない時間を持ってよい。
そして、
もう一度、生きてよい。
著者からのメッセージ
Prof. Dr. Larry Adams
現代社会では、「忙しいこと」が価値の証明であるかのように考えられることがあります。
しかし、私は本書を通して、読者の皆様に別の問いを投げかけたいと思います。
あなたは、どれほど忙しいかではなく、何のために生きていますか。
あなたのスマートフォンには、多くの通知があるでしょう。
あなたの電子メールには、多くの未読メッセージがあるでしょう。
あなたの仕事には、終わらない課題があるでしょう。
しかし、あなたの人生にも、仕事より重要なものがあります。
家族。
友人。
健康。
信仰。
愛。
平和。
そして、神との関係です。
すべての仕事を終える日は、おそらく来ません。
すべてのメールを返信し終える日も来ないでしょう。
すべての問題を解決する日も来ないでしょう。
だからこそ、人生の中に意識的に休息を置く必要があります。
休息とは、仕事を捨てることではありません。
休息とは、仕事を正しい場所に戻すことです。
あなたは仕事をするために生きるのではありません。
あなたは、生きるために仕事をするのです。
そして、キリストに従う者にとっては、さらに深い真実があります。
私たちの価値は、私たちの成果によって決まるのではありません。
神の恵みは、私たちが疲れ果てて証明し続けることによって得られるものではありません。
だから、
休みなさい。
祈りなさい。
家族を愛しなさい。
友人を大切にしなさい。
身体を大切にしなさい。
心を大切にしなさい。
そして、神の前で自分が誰であるかを思い出しなさい。
あなたは、24時間働くために造られたのではありません。
あなたは、意味をもって生きるために造られたのです。
— Prof. Dr. Larry Adams
実践用チェックリスト
「私は24時間働く人になっていないか」
以下の質問に「はい」「時々」「いいえ」で答えてください。
- 寝る直前まで仕事メールを確認している。
- 起床すると最初に仕事の通知を確認する。
- 休日にも仕事について考える。
- 食事中に仕事のスマートフォンを確認する。
- 家族との会話中に仕事メールを読む。
- 仕事が終わっても頭の中で仕事を続けている。
- 休んでいると罪悪感がある。
- 仕事をしていないと価値がないように感じる。
- 他人より早く返信することを重要だと感じる。
- 仕事を断ることが難しい。
- 睡眠時間を仕事のために削る。
- 趣味や友人との時間が減っている。
- 家族から「いつもスマートフォンを見ている」と言われたことがある。
- 仕事の通知音を聞くと不安になる。
- 「あと少しだけ」と言いながら仕事を続ける。
- 仕事と私生活の境界がほとんどない。
- 仕事が自分のアイデンティティの中心になっている。
- 仕事を休むことを「怠け」と感じる。
- 神との時間や礼拝より仕事を優先することがある。
- 最後に「ただ何もしない時間」を楽しんだのがいつだったか思い出せない。
「はい」が多い場合、それはあなたが失敗しているという意味ではない。
それは、あなたの人生に新しい境界線が必要かもしれないというサインである。
7つの「24時間から自由になる」原則
原則1
すべての通知に応答しない。
原則2
勤務時間と人生の時間を区別する。
原則3
休日を仕事の予備日として扱わない。
原則4
睡眠を仕事の残り時間にしない。
原則5
家族との時間を「空いた時間」にしない。
原則6
休息を罪悪感なしに受け入れる。
原則7
神の前で、自分の価値を仕事から切り離す。
最後の言葉
あなたの受信箱は、今日すべて空にならなくてもよい。
あなたの仕事リストは、今日すべて完了しなくてもよい。
あなたのスマートフォンは、数時間静かなままでもよい。
世界は、あなたが休んだからといって終わらない。
だから、時にはスマートフォンを置きなさい。
仕事を閉じなさい。
家族のところへ行きなさい。
友人に電話しなさい。
自然の中を歩きなさい。
聖書を開きなさい。
祈りなさい。
そして静かに、
「私は人間である」
と思い出しなさい。
あなたには限界がある。
そして、その限界は恥ではない。
それは、人間であることの一部である。
キリストは疲れた人を招いている。
安息は、人間のために与えられている。
そして人生は、仕事より大きい。
24時間働くことをやめて、24時間を生きることを学ぼう。
参考文献
References
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聖書参考箇所
聖書. 出エジプト記20:8–11.
聖書. 申命記5:12–15.
聖書. 詩篇23篇.
聖書. マルコ2:27–28.
聖書. マタイ11:28–30.
聖書. ヘブル4:9–11.
聖書における安息の中心的な考えは、人間が単なる労働力ではないという点にある。出エジプト記では労働と安息のリズムが命じられ、イエスは「安息日は人のために設けられた」と教えている。また、マタイ11章では疲れた者と重荷を負う者に休息を与えるという招きが示されている(聖書, 出エジプト20:8–11; マルコ2:27; マタイ11:28–30)。
著者紹介
Prof. Dr. Larry Adams
Prof. Dr. Larry Adams is an academic, professor, doctoral educator, researcher, and higher-education leader whose professional interests include doctoral education, organizational studies, leadership, business, research methodology, workplace culture, education, human development, and the relationship between professional life and human well-being.
本書では、デジタル技術が急速に発展する現代社会において、「仕事をする人間」と「仕事に占有される人間」の違いを考察し、スマートフォン、常時接続、長時間労働、家族生活、休息、人生の意味、そしてキリスト教的な安息の概念を統合的に論じている。
著者は、仕事の価値を否定するのではなく、仕事を人間の尊厳、家族、健康、信仰、社会的責任、そして人生の意味というより大きな文脈の中に位置づけることを提唱している。
SERIES III
WORK, PRESSURE AND THE JAPANESE WORKPLACE
関連書籍
13. 過労死を超えて――働きすぎの先にあるもの
Beyond Karōshi: The Human Cost of Overwork
14. 完璧でなくてもいい
You Don't Have to Be Perfect
15. 24時間働く人
The 24-Hour Worker
本シリーズは、現代日本社会および現代の知識社会における仕事、成果主義、完璧主義、長時間労働、心理的負担、デジタル化、家族生活、休息、人間の尊厳、そして意味ある人生を多角的に考察することを目的としている。
24時間働く人
最終メッセージ
仕事を終えることは、人生を終えることではない。
メールに返信しない時間にも、あなたの価値は存在する。
休んでいる時間にも、あなたの人生は進んでいる。
そして、神の前では、あなたは生産性以上の存在である。
あなたは人間である。
あなたには休む権利がある。
あなたには愛する権利がある。
あなたには生きる時間がある。
そして、あなたには、意味をもって生きるように与えられた一度の人生がある。
— Prof. Dr. Larry Adams