Prof. Dr. Larry AdamsAcademic, Author & Researcher

成功しても、心に平安がないとき

――「もっと」を追い続ける人生から、平安のある人生へ

著者

Prof. Dr. Larry Adams
ラリー・アダムズ教授

献辞

この本を、

「自分は成功しているはずなのに、なぜ心は満たされないのだろう」

と静かに問い続けているすべての人に捧げます。

良い学校に入り、良い仕事に就き、収入を得て、社会的な評価を受けても、心の奥には説明できない空しさが残ることがあります。

そのようなあなたに伝えたいことがあります。

あなたの人生の価値は、あなたが達成したものの大きさによって決まるのではありません。

あなたは、成果を出したから価値があるのではなく、成果を出せない日にも価値があります。

そして、あなたが探している本当の平安は、さらに多くを手に入れることだけによって見つかるものではありません。

はじめに

成功しているのに、なぜ平安がないのか

現代社会では、「成功」という言葉が非常に強い力を持っています。

良い大学に入ること。

安定した会社に就職すること。

昇進すること。

高い収入を得ること。

家を持つこと。

社会から認められること。

SNSで多くの人から評価されること。

自分の名前を知られること。

これらはすべて、多くの人が努力して目指すものです。

もちろん、成功そのものが悪いわけではありません。

努力することも、仕事で成果を出すことも、学ぶことも、経済的に安定することも、大切です。

問題は、成功が人生の目的そのものになったときです。

成功すれば幸せになれる。

もっと収入が増えれば安心できる。

もっと評価されれば自信が持てる。

もっと有名になれば、自分の存在価値を感じられる。

もっと成果を出せば、ようやく自分を認められる。

しかし、「もっと」が永遠に続くなら、どこに到達すれば「十分」なのでしょうか。

心理学研究では、幸福や人生満足度は単純に所得や外的成功だけで決まるものではなく、社会的つながり、自己決定、意味、心理的な基本的欲求など、複数の要因によって形成されることが示されています(Ryan & Deci, 2000; Diener et al., 2018)。

つまり、

成功と平安は、同じものではありません。

成功していても、心が疲れていることがあります。

成功していても、孤独であることがあります。

成功していても、失敗することへの恐怖に支配されることがあります。

成功していても、「自分は本当の自分なのだろうか」と問い続けることがあります。

そして成功していても、

「これだけ頑張ったのに、なぜ私は平安ではないのだろう」

と感じることがあります。

この本は、その問いから始まります。

第1部

成功とは何か

第1章 あなたは本当に成功しているのか

「成功していますね」と言われたとき、あなたはどのように答えるでしょうか。

「はい」と答えられるでしょうか。

それとも、

「周りからはそう見えるかもしれません。でも……」

と続けたくなるでしょうか。

成功には外側の成功と内側の成功があります。

外側の成功とは、収入、地位、肩書、学歴、所有物、業績、賞、資格、昇進など、比較的目に見えるものです。

一方、内側の成功とは、平安、意味、愛、良心、健全な人間関係、自己受容、希望などです。

社会は外側の成功を測定することには非常に熱心ですが、内側の成功を測定することは得意ではありません。

年収は数字にできます。

役職も数字や肩書にできます。

会社の売上も測定できます。

しかし、

「昨日より心が平安になった」

「家族との関係が回復した」

「自分を少し赦せるようになった」

ということは、簡単には数字になりません。

だからこそ、私たちは外側の成功を追いかけながら、内側の人生を忘れてしまうことがあります。

第2章 成功の定義を誰が決めたのか

あなたが追いかけている成功は、本当にあなた自身が選んだものでしょうか。

それとも、親、学校、会社、社会、友人、SNSなどから与えられたものでしょうか。

「良い大学へ行きなさい。」

「良い会社に入りなさい。」

「もっと稼ぎなさい。」

「人より遅れてはいけない。」

「結婚しなさい。」

「家を買いなさい。」

「他人に負けてはいけない。」

こうしたメッセージを長い間受け取っていると、それがいつの間にか自分自身の声だと思えてしまいます。

自己決定理論では、人間の心理的ウェルビーイングには、自律性、有能感、関係性という基本的欲求が重要であるとされています(Ryan & Deci, 2000)。

つまり、「自分で選んでいる」という感覚は重要です。

他人から与えられた人生を生きているなら、成功しても心が自由にならないことがあります。

第3章 「もっと」が終わらない

「もう十分」と思える日は来るでしょうか。

昇進すると、さらに上の役職が見えてきます。

収入が増えると、さらに高い収入が欲しくなります。

家を購入すると、より大きな家が気になります。

SNSで評価されると、さらに多くの「いいね」が欲しくなります。

このように外的報酬は、しばしば新しい目標を生み出します。

目標そのものは悪くありません。

しかし、

目標を達成することによってしか自分の価値を感じられない状態

になると、人生は終わりのない競争になります。

第2部

成功しても平安がない理由

第4章 成功と幸福は同じではない

幸福研究では、所得が低い状態から一定程度まで所得が上がることは生活の安定や幸福感に関係しますが、幸福を所得だけで説明することはできません(Diener & Biswas-Diener, 2002)。

人間には物質的な必要があります。

安全な住居。

食事。

医療。

教育。

経済的安定。

これらは重要です。

しかし、人間は物質だけで生きる存在でもありません。

愛されること。

誰かとつながること。

意味を感じること。

自分の価値を知ること。

希望を持つこと。

これらも人間の人生には必要です。

第5章 比較という静かな毒

現代人は、以前の世代よりも多くの人の人生を見ることができます。

スマートフォンを開けば、誰かの旅行、昇進、結婚、子ども、家、車、食事、仕事、成功を見ることができます。

しかしSNSに現れる人生は、その人の人生全体ではありません。

私たちは自分の「舞台裏」と、他人の「ハイライト」を比較してしまいます。

Festinger(1954)の社会的比較理論は、人間が自分自身を理解するために他者と比較する傾向を持つことを説明しています。

比較そのものが悪いわけではありません。

しかし、比較が自己価値の基準になると、心は休めなくなります。

第6章 「私は十分ではない」

成功を追いかける人の心には、ときどき一つの深い言葉が隠れています。

「私は十分ではない。」

だから、

もっと頑張らなければならない。

もっと成功しなければならない。

もっと認めてもらわなければならない。

もっと完璧にならなければならない。

しかし、ここには危険があります。

もし「成功すること」が「自分は価値のある人間だ」という証明になっているなら、失敗した瞬間に自己価値まで崩れてしまうからです。

第3部

心が疲れているサイン

第7章 休んでも休めない

身体は休んでいるのに、心が休めないことがあります。

ベッドに入っても仕事のことを考える。

休日でもメールを確認する。

家族と食事をしながら仕事のことを考える。

何もしないと罪悪感を覚える。

これは、「休息=怠け」という考え方が心の中に入り込んでいる可能性があります。

休息は人間の弱さではありません。

人間には限界があります。

第8章 成功した人ほど「失敗」が怖い

ある程度成功した人は、失敗が怖くなることがあります。

なぜなら、失うものが多くなるからです。

地位。

評判。

収入。

信頼。

人間関係。

これまで築いてきたイメージ。

そのため、

「失敗してはいけない」

という心理的圧力が強くなることがあります。

失敗への過度な恐怖は、挑戦そのものを難しくすることがあります。

第9章 燃え尽きる前に

燃え尽きは単なる「疲れ」ではありません。

世界保健機関(WHO)は、職業上の文脈におけるバーンアウトを、慢性的な職場ストレスが適切に管理されなかった結果として生じる職業上の現象として位置づけています(WHO, 2019)。

典型的には、

  • エネルギーの枯渇
  • 仕事からの心理的距離
  • 仕事に対する否定的感情
  • 職業上の有効感の低下

などが関連します。

「もっと頑張ればいい」と考える前に、

「私は何によって消耗しているのか」

を考える必要があります。

第4部

日本社会と成功のプレッシャー

第10章 「ちゃんとしなければならない」

日本社会には、「ちゃんとする」ことを重視する文化的傾向があります。

もちろん、責任感や礼儀、勤勉さは重要な価値です。

しかし、

「ちゃんとしていなければ愛されない」

「迷惑をかけてはいけない」

「人と違ってはいけない」

という信念が強くなると、自分の弱さを表現できなくなることがあります。

人間は完全な存在ではありません。

第11章 学歴と成功

教育は重要です。

しかし、学歴を人間の価値そのものと同一視することには問題があります。

大学名や資格は、その人の能力の一部を示すことはあっても、その人の人格全体を表すものではありません。

学歴が高い人にも孤独があります。

学歴が高くない人にも豊かな人生があります。

学歴は人生の一部分であって、人生そのものではありません。

第12章 仕事がアイデンティティになるとき

「あなたは何をしていますか。」

この質問に、多くの人は職業で答えます。

「私は医師です。」

「私は教授です。」

「私は会社員です。」

「私は経営者です。」

しかし、もし仕事を失ったら、

「私は誰なのか」

という問いが残ります。

あなたは職業以上の存在です。

あなたの仕事はあなたの一部分です。

あなたの全存在ではありません。

第5部

お金と平安

第13章 お金は大切です

キリスト教は、お金そのものを悪と教えているわけではありません。

生活にはお金が必要です。

家族を養うことも必要です。

教育にも医療にもお金が必要です。

社会を運営するためにも経済活動は必要です。

問題は、お金が「手段」から「人生の主人」になったときです。

第14章 持っているものが、あなたを持つ

ある人は多くのものを持っています。

しかし、実際には、その人が物を所有しているのではなく、物がその人の心を支配している場合があります。

「これを失ったらどうしよう。」

「もっと必要だ。」

「他人より少ない。」

「もっと良いものを持たなければ。」

所有物が安心を与えるはずなのに、所有物を失う恐怖によって平安を失うなら、何かが逆転しています。

第15章 「足るを知る」

満足することは、向上心を捨てることではありません。

「もっと良くなりたい」と思いながら、

「今あるものにも感謝できる」

ことは可能です。

感謝は、現状に甘んじることではありません。

感謝は、現在を否定せずに未来へ進む力です。

第6部

人間関係と成功

第16章 成功したのに、一緒に喜ぶ人がいない

成功しても、それを分かち合う人がいなければ、喜びは薄くなることがあります。

人間には関係性が必要です。

Baumeister and Leary(1995)は、人間には他者との持続的で意味のある関係を形成し維持したいという「所属への欲求」があると論じています。

だからこそ、

「誰と成功するのか」

という問いも、

「何を成功させるのか」

と同じくらい重要です。

第17章 家族より仕事を優先した人生

仕事は待ってくれないことがあります。

しかし、子どもの成長は待ってくれません。

家族との時間にも戻れない瞬間があります。

成功した後で、

「もっと一緒にいればよかった」

と思っても、過去を完全に取り戻すことはできません。

成功には、何を得たかだけではなく、

何を犠牲にしたか

という側面があります。

第18章 愛されるために成功する

もし、

「成功したら愛してもらえる」

と信じているなら、あなたは成功のために自分の人生を差し出しているかもしれません。

しかし、本当の愛は、業績表だけを見て与えられるものではありません。

キリスト教の中心には、

「人間は神の前で価値ある存在である」

という考えがあります。

新約聖書は、神の愛を人間の成功によって獲得する報酬としてではなく、恵みとして語ります(Ephesians 2:8–10; Romans 5:6–8)。

第7部

心の空しさ

第19章 なぜ空しいのか

成功したのに空しい。

これは矛盾のように見えます。

しかし、外的目標を達成したからといって、人生の意味まで自動的に満たされるわけではありません。

Frankl(2006)は、人間にとって意味への問いが重要であることを強調しました。

「何を持っているか」だけでなく、

「私は何のために生きているのか」

という問いがあります。

第20章 次の目標では埋まらない空白

空しさを感じたとき、多くの人は新しい目標を設定します。

新しい車。

新しい仕事。

新しい資格。

新しい旅行。

新しい関係。

新しい収入目標。

しかし、問題が「目標の不足」ではなく「意味の不足」なら、新しい目標だけでは解決しないことがあります。

第21章 魂にも食べ物が必要

身体に食事が必要なように、人間の内面にも養いが必要です。

静かな時間。

深い対話。

愛。

希望。

意味。

祈り。

神との関係。

人間は物質的な存在であると同時に、意味を求める存在でもあります。

第8部

完璧主義から解放される

第22章 成功しなければ価値がない

これは非常に危険な考えです。

「成功するなら価値がある。」

「失敗するなら価値がない。」

しかし、人間の価値を業績だけで測るなら、人生の大部分を不安の中で生きることになります。

人間には成功する日もあれば、失敗する日もあります。

第23章 失敗しても、あなたはあなた

失敗はあなたの一部の経験です。

失敗そのものが、あなたの人格全体を定義するわけではありません。

失敗から学ぶことができます。

謝ることもできます。

やり直すこともできます。

方向を変えることもできます。

新しい人生を始めることもできます。

第24章 恥と罪悪感

心理学では、罪悪感と恥は区別されます。

罪悪感は、

「私は間違ったことをした」

という方向に向かいやすいのに対し、

恥は、

「私は間違った人間そのものだ」

という自己全体への否定につながりやすいとされます(Tangney & Dearing, 2002)。

キリスト教の赦しは、人間を過去の失敗そのものとして固定するのではなく、悔い改めと回復への道を開くものとして理解できます。

第9部

イエスは成功をどう見るのか

第25章 イエスは成功者を拒絶したのか

聖書には、富を持つ人も、社会的地位を持つ人も登場します。

イエスは成功そのものを単純に否定したのではありません。

しかし、人間が所有物や地位によって自分の価値を定義することには警告を与えています。

「人は、たとい全世界を手に入れても、自分のいのちを損したら、何の得がありましょう。」

(マルコによる福音書8章36節、口語訳)

これは非常に深い問いです。

「何を得るか」だけではなく、

「何を失っているのか」

を考えなければならないからです。

第26章 疲れた人への招き

イエスはこう語りました。

「すべて重荷を負って苦労している者は、わたしのもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。」

(マタイによる福音書11章28節、新改訳2017)

ここには非常に美しい招きがあります。

「もっと頑張りなさい」ではありません。

「もっと成功しなさい」でもありません。

「私のもとに来なさい。」

これは、成功を追い続けて疲れた人に向けられた言葉として読むことができます。

第10部

恵みという考え方

第27章 恵みとは何か

キリスト教における「恵み」は、努力によって獲得する報酬とは異なります。

恵みとは、受ける資格を自分の成果だけで作るのではなく、神から与えられる愛と赦しとして理解されます。

エペソ人への手紙2章8節は、救いについて「恵みにより、信仰によって救われた」と教えています(Ephesians 2:8)。

つまり、

「私は十分に良い人間だから神に受け入れられる」

という順番ではありません。

キリスト教では、

「神の恵みによって受け入れられた者として、新しい生き方を始める」

という方向が示されています。

第28章 愛を稼がなくていい

人間関係では、

「役に立たなければ愛されない」

と感じることがあります。

しかし、神との関係を「業績評価」のように考える必要はありません。

イエスの福音は、

「もっと良い人間になってから来なさい」

ではありません。

むしろ、

「来なさい」

という招きです。

第29章 十字架が語るもの

キリスト教信仰の中心には十字架があります。

十字架は、人間の罪と神の愛を同時に考える場所です。

ローマ人への手紙5章8節は、神が人間に対する愛をキリストの死によって示したと語ります。

ここで重要なのは、

「あなたは成功したから愛される」

ではなく、

「あなたは神の前で価値ある存在として愛されている」

という福音のメッセージです。

第11部

イエスと社会的成功

第30章 富める青年

マタイによる福音書19章には、豊かな青年が登場します。

彼は宗教的な生活を真剣に考えていました。

しかし、イエスとの出会いによって、彼が何に最も心を置いているのかが明らかになります。

この物語は単純に「お金を持ってはいけない」という話としてだけ読むべきではありません。

むしろ、

「あなたの心の中心にあるものは何か」

という問いとして読むことができます。

第31章 ザアカイ

ルカによる福音書19章のザアカイは、社会的・経済的な成功を持っていた人物として描かれます。

しかし、イエスとの出会いによって彼の価値観が変化します。

重要なのは、イエスが彼を「まず成功を捨ててから来なさい」と扱ったのではなく、まず彼の家を訪れ、関係を築いたことです。

そこから変化が始まります。

第12部

平安とは何か

第32章 平安は問題がないことではない

キリスト教における平安は、

「問題が一つもない状態」

という意味ではありません。

病気があるかもしれません。

仕事の問題があるかもしれません。

経済的な不安があるかもしれません。

人間関係の葛藤があるかもしれません。

それでも、神に信頼しながら歩む希望を持つことが、キリスト教的な平安の一つの重要な側面です。

第33章 ヨハネ14章の平安

イエスは弟子たちに平安について語りました。

「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしの平安をあなたがたに与えます。」

(ヨハネによる福音書14章27節、新改訳2017)

ここでイエスが語っている平安は、単なる外部環境の安定ではありません。

関係の中にある平安です。

神との関係です。

第34章 平安とコントロール

私たちは、すべてをコントロールできれば平安になれると思いがちです。

しかし人生には、コントロールできないものがあります。

他人の評価。

経済。

病気。

天候。

会社の判断。

他人の選択。

未来。

すべてを支配しようとすると、心は疲れます。

平安とは、すべてをコントロールすることではなく、

自分がコントロールできないものを神に委ねることを学ぶこと

でもあります。

第13部

成功から意味へ

第35章 あなたは何のために成功したいのか

これは重要な問いです。

「なぜ成功したいのですか。」

お金のためでしょうか。

安心のためでしょうか。

家族のためでしょうか。

認められたいからでしょうか。

過去に自分を傷つけた人を見返したいからでしょうか。

それとも、社会に貢献したいからでしょうか。

同じ「成功」でも、動機によって意味が変わります。

第36章 成功を目的ではなく道具にする

成功を目的にすると、

「成功したら幸せになる」

という構造になります。

しかし成功を道具にすると、

「成功によって何ができるか」

という問いに変わります。

お金によって誰を助けられるか。

知識によって誰を教育できるか。

地位によって誰の声を届けられるか。

能力によって誰に仕えることができるか。

この視点の変化は、成功の意味を変えます。

第37章 キリスト教における仕事

聖書は働くことを軽視していません。

パウロは、

「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい」

と教えています。

(コロサイ人への手紙3章23節)

これは、仕事を神への奉仕として捉える視点を提供します。

仕事の価値は、肩書だけで決まるのではありません。

誠実さ。

愛。

責任。

奉仕。

これらも重要です。

第14部

SNS時代の成功

第38章 「見られる」ことに疲れる

SNSでは、人生が公開されます。

何を食べたか。

どこへ行ったか。

何を買ったか。

誰と会ったか。

どんな仕事をしたか。

しかし、「見られるための人生」を生き始めると、人生そのものが舞台になってしまいます。

Verduyn et al.(2017)の研究レビューでは、SNS利用とウェルビーイングの関係は単純ではなく、利用の仕方や社会的比較などの媒介要因が重要であることが示されています。

第39章 誰にも見られない成功

誰にも「いいね」を押されない親切。

誰にも知られない祈り。

誰にも評価されない努力。

誰にも拍手されない誠実さ。

これらにも価値があります。

本当の人格は、観客がいない場所で現れることがあります。

第15部

心の回復

第40章 まず立ち止まる

人生を変えるために、いつも最初に「もっと頑張る」必要はありません。

ときには、

止まること

が必要です。

自分に問いかけてください。

私は何に疲れているのか。

何を恐れているのか。

誰の期待を背負っているのか。

本当は何を望んでいるのか。

第41章 自分を責めることをやめる

自己批判は、一時的に自分を動かすように感じることがあります。

しかし、長期的な自己否定は心理的負担を増やす可能性があります。

Neff(2003)はセルフ・コンパッションを、自己への優しさ、共通の人間性、マインドフルネスなどの側面から論じています。

自分に優しくすることは、自分を甘やかすことではありません。

第42章 「私は人間である」

あなたは人間です。

だから、

疲れます。

失敗します。

間違えます。

迷います。

泣くことがあります。

助けを必要とします。

それは恥ではありません。

完全でないことは、人間であることの一部です。

第16部

心の健康を大切にする

第43章 信仰だけで全部解決しようとしない

キリスト教信仰を大切にすることと、専門的な支援を受けることは矛盾しません。

強い不安、抑うつ、睡眠問題、パニック、依存、希死念慮などがある場合には、医師、心理職、精神保健の専門家などに相談することが重要です。

祈りは大切です。

しかし、祈りを医療や心理支援の代替として扱う必要はありません。

神を信じる人も、専門家の助けを受けることができます。

第44章 助けを求める勇気

「成功している自分が助けを求めてはいけない。」

そう考える必要はありません。

助けを求めることは敗北ではありません。

それは、自分の限界を認識する知恵です。

第17部

人生を再構築する

第45章 成功の再定義

これからは、

「どれだけ多く得たか」

だけで人生を測らないでください。

代わりに、

「どれだけ愛したか」

「どれだけ誠実だったか」

「どれだけ人を助けたか」

「どれだけ意味のある人生を生きたか」

「どれだけ神に近づいたか」

という問いを持ってください。

第46章 「十分」を決める

人生に「十分」という言葉を持つことは重要です。

十分な収入。

十分な仕事。

十分な所有物。

十分な予定。

十分なSNS。

十分な比較。

「もう少し」ではなく、

「これで十分」

と言える領域を持つことです。

第47章 小さな平安

平安は、大きな奇跡だけから生まれるわけではありません。

朝の静かな時間。

家族との食事。

友人との会話。

自然を見ること。

祈ること。

聖書を読むこと。

誰かを助けること。

十分に眠ること。

こうした小さな行動が人生の質を変えることがあります。

第18部

神との関係

第48章 神を「成功の手段」にしない

宗教でさえ、成功の道具にしてしまうことがあります。

「神を信じれば成功する。」

「祈ればお金持ちになる。」

「信仰が強ければ問題がなくなる。」

しかし、これはキリスト教信仰を単なる成功の方法に変えてしまう危険があります。

キリスト教の中心は、

神から何をもらえるか

だけではなく、

神ご自身を知ること

です。

第49章 神はあなたを成果表で見ない

人間社会では、評価表があります。

成績。

売上。

業績。

昇進。

資格。

フォロワー数。

しかし神との関係を同じように考える必要はありません。

詩篇139篇は、神が人間を深く知っているという信仰を表現しています。

あなたが隠している痛みも、

人に見せない涙も、

誰にも話せない恐れも、

神の前では隠れません。

第50章 「来なさい」

イエスの招きは、成功者だけに向けられているのではありません。

疲れた人。

失敗した人。

迷っている人。

罪を感じている人。

孤独な人。

成功しているのに空しい人。

そのすべての人に、

「来なさい」

という招きがあります。

第19部

新しい人生

第51章 過去をやり直せなくても

あなたは過去を変更できません。

しかし、過去に対する自分の生き方を変えることはできます。

失敗から学ぶ。

赦す。

謝る。

関係を修復する。

新しい方向へ進む。

キリスト教では、この方向転換を「悔い改め」という言葉で表現します。

第52章 赦し

赦しは、悪いことを「悪くなかった」と言うことではありません。

赦しは、過去の出来事に自分の未来を永遠に支配させないことでもあります。

キリスト教では、神の赦しが福音の中心的なテーマです。

第53章 再出発

失敗した後にも人生はあります。

離職した後にも人生があります。

事業に失敗した後にも人生があります。

人間関係が壊れた後にも人生があります。

夢が破れた後にも人生があります。

そして、成功した後に「空しい」と気づいた後にも、人生があります。

第20部

平安のある成功

第54章 成功を捨てなくてもいい

この本は、

「成功するな」

と言っているのではありません。

むしろ、

成功の中で自分を失わないでください

と言っているのです。

努力してください。

学んでください。

働いてください。

夢を持ってください。

しかし、そのすべての上に、人間としての価値を置いてください。

第55章 成功と平安を両立させる

成功と平安は必ずしも敵ではありません。

問題は順番です。

「成功すれば価値がある」

ではなく、

「価値ある存在として、与えられた能力を用いる」。

「成功すれば愛される」

ではなく、

「愛されている者として、人を愛する」。

「成功すれば安心できる」

ではなく、

「神を信頼しながら、責任を持って働く」。

この違いは大きいものです。

第56章 恵みから努力へ

キリスト教的な人生では、

「愛されるために努力する」

のではなく、

「愛されているから努力する」

という方向が重要です。

この違いによって、努力は恐怖から奉仕へ変わります。

第21部

平安のための実践

第57章 毎日の五つの問い

毎日、次の五つを自分に問いかけてください。

  1. 今日、私は何に感謝できるだろうか。
  2. 今日、私は何を手放す必要があるだろうか。
  3. 今日、私は誰を愛することができるだろうか。
  4. 今日、私は何を恐れているだろうか。
  5. 今日、私は神に何を委ねることができるだろうか。

第58章 「平安の時間」を作る

毎日10~20分でもよいので、静かな時間を持ってください。

スマートフォンを置く。

仕事を止める。

深呼吸する。

聖書を読む。

祈る。

考える。

感謝する。

自分の心を確認する。

忙しい人生ほど、静かな時間が必要です。

第59章 成功日記ではなく感謝日記

毎日、

「今日、何を達成したか」

だけを書かないでください。

「今日、何に感謝したか」

を書いてみてください。

「母と話せた。」

「友人から連絡が来た。」

「美しい夕日を見た。」

「仕事を終えた。」

「誰かを助けることができた。」

「今日も生きることができた。」

感謝は、心の視点を変える助けになります。

第22部

イエス・キリストへの招き

第60章 あなたは何を探しているのか

もしかすると、あなたは成功を探しているのではないのかもしれません。

あなたが本当に探しているのは、

受け入れられること。

愛されること。

赦されること。

安心すること。

意味を見つけること。

希望を持つこと。

誰かに本当に知られること。

なのかもしれません。

そしてキリスト教は、その問いにイエス・キリストという人物を示します。

第61章 イエスは成功を超えた価値を示す

イエスは王宮ではなく、質素な環境の中に来られました。

彼は社会的成功の象徴としてではなく、仕える者として生きました。

マルコによる福音書10章45節は、

「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また、多くの人のための贖いとして自分のいのちを与えるためです」

と教えています(新改訳2017)。

ここには、成功とは反対方向に見える価値観があります。

支配することではなく、仕えること。

奪うことではなく、与えること。

自分を高くすることではなく、人を愛すること。

第62章 十字架と愛

十字架は、世の中の成功基準では測れません。

しかしキリスト教では、十字架こそが神の愛を示す中心的な出来事です。

ローマ人への手紙5章8節は、キリストが人間のために死なれたことによって神の愛が示されたと語ります。

これは、

「あなたが十分に成功したから愛された」

というメッセージではありません。

むしろ、

「あなたが弱く、失敗し、罪を抱えているときにも、神の愛が差し伸べられる」

という福音です。

第63章 復活と新しい希望

キリスト教信仰は十字架で終わりません。

復活があります。

復活は、死の後にも神が新しい命を与えるというキリスト教の中心的希望です。

そのため、キリスト教には「終わったと思ったところから始まる」という希望があります。

あなたの人生も、

「ここで終わりだ」

と決めつける必要はありません。

第23部

平安を選ぶ人生

第64章 何を追いかけるのか

人生は有限です。

時間は戻りません。

だから、

「何を追いかけるか」

を考える必要があります。

お金だけでしょうか。

地位だけでしょうか。

名声でしょうか。

それとも、

愛。

真理。

奉仕。

家族。

信仰。

意味。

希望。

でしょうか。

第65章 人に見せる人生から、本当に生きる人生へ

他人にどう見えるかだけを考えていると、自分の本当の人生を見失うことがあります。

あなたの人生は、SNSの投稿ではありません。

履歴書でもありません。

名刺でもありません。

肩書でもありません。

あなたは、それ以上の存在です。

第66章 「私は十分」と言える日

ある日、

「もっと、もっと」

ではなく、

「神様、ありがとうございます」

と言える日が来るかもしれません。

それは、夢を捨てた日ではありません。

心が自由になった日です。

第24部

最後の問い

第67章 もし今日が最後の日だったら

もし今日が人生最後の日だったとしたら、

今の仕事をどう見るでしょうか。

今の人間関係をどう見るでしょうか。

今の家族をどう見るでしょうか。

今の財産をどう見るでしょうか。

今の怒りをどう見るでしょうか。

今の不安をどう見るでしょうか。

そして、

「何が一番大切だったのか」

を考えるでしょう。

第68章 人生の最後に残るもの

人生の最後に、

どれほど多くのメールを送ったか。

どれほど多くの会議に出たか。

どれほど多くの「いいね」を得たか。

どれほど多くの肩書を持ったか。

だけが重要なのではありません。

愛したか。

愛されたか。

人を赦したか。

人を助けたか。

神を求めたか。

意味を持って生きたか。

希望を残したか。

こうした問いも重要です。

第25部

平安のある人生へ

第69章 今日から変えられること

今日から、すべてを変える必要はありません。

一つだけ変えてください。

一つの習慣。

一つの関係。

一つの考え方。

一つの恐れ。

一つの祈り。

一つの時間の使い方。

小さな変化が積み重なって人生を変えることがあります。

第70章 あなたの価値は成功より大きい

あなたの価値は、

給料より大きい。

学歴より大きい。

肩書より大きい。

会社より大きい。

家より大きい。

フォロワー数より大きい。

銀行口座の数字より大きい。

あなたは人間だから価値があります。

そしてキリスト教は、さらに深く、

あなたは神に知られ、神に愛されている存在である

と語ります。

第26部

平安への祈り

第71章 疲れた人の祈り

神様。

私は疲れています。

私は長い間、

もっと頑張らなければならないと思ってきました。

もっと成功しなければならない。

もっと認められなければならない。

もっと人に評価されなければならない。

そう思って生きてきました。

しかし今、私は立ち止まります。

私の心を見てください。

私の恐れを知ってください。

私の失敗を知ってください。

私の孤独を知ってください。

私が人に見せられない部分も知ってください。

イエス・キリストよ。

もしあなたが本当に私を招いてくださっているなら、

私もあなたのもとへ行きたいです。

私の人生をあなたに委ねます。

成功だけではなく、

失敗も。

喜びだけではなく、

悲しみも。

強さだけではなく、

弱さも。

私の未来をあなたに委ねます。

私の心に平安を与えてください。

アーメン。

第27部

最後に

第72章 成功しても、平安がないあなたへ

あなたは、成功しているかもしれません。

それでも疲れているかもしれません。

あなたは、人から見れば幸せかもしれません。

それでも心の中で泣いているかもしれません。

あなたは、多くのものを持っているかもしれません。

それでも空しさを感じているかもしれません。

それは、あなたが壊れているという意味ではありません。

それは、人間の心が単純に物質だけでは満たされないことを示しているのかもしれません。

だから、もう一度問い直してください。

「私は何を求めているのだろう。」

「私は誰に認めてもらいたいのだろう。」

「私は何を恐れているのだろう。」

「私は何を手放す必要があるのだろう。」

そして最後に、

「私は神を求めているのだろうか」

と問いかけてください。

第73章 成功以上のもの

成功は悪くありません。

お金も悪くありません。

地位も悪くありません。

教育も悪くありません。

努力も悪くありません。

しかし、それらを人生の中心に置くと、心が疲れることがあります。

あなたが必要としているのは、

「もっと成功すること」

ではなく、

「成功を正しい場所に置くこと」

なのかもしれません。

成功はあなたの人生の一部です。

しかし、成功はあなた自身ではありません。

そして、成功はあなたの救いでもありません。

キリスト教が語る救いは、業績によって買うものではなく、神の恵みによって与えられるものです。

第74章 平安の中で生きる

これからも努力してください。

学んでください。

働いてください。

夢を追いかけてください。

しかし、走り続けるだけではなく、時には立ち止まってください。

愛する人の顔を見てください。

家族と話してください。

友人に電話してください。

空を見てください。

静かに祈ってください。

聖書を読んでください。

神に、

「私はここにいます」

と語ってください。

そして、イエスの言葉を思い出してください。

「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしの平安をあなたがたに与えます。」

(ヨハネによる福音書14章27節、新改訳2017)

あなたが探している平安は、

もう一つの昇進の先にだけあるのではありません。

もう一つの資格の先にだけあるのでもありません。

もう一つの家や車の先にだけあるのでもありません。

平安は、神との関係の中で見いだされる可能性があります。

著者からの最後のメッセージ

あなたがこの本を読み終えるとき、私はあなたに一つだけ伝えたいと思います。

あなたは、成功したときだけ価値がある人ではありません。

失敗したときも価値があります。

疲れたときも価値があります。

立ち止まったときも価値があります。

泣いているときも価値があります。

誰にも認められないときも価値があります。

そして、キリスト教の福音は、

「もっと努力して神の愛を勝ち取りなさい」

というメッセージではありません。

神の恵みを受け、

神の愛を知り、

その愛から新しい人生を生きるように、

という招きです。

だから、もう一度歩き始めてください。

ただし、今度は、

「自分の価値を証明するため」

ではなく、

「すでに与えられている人生を、愛と意味と信仰をもって生きるため」

に歩いてください。

成功しても、心に平安がない。

そのときこそ、

本当の成功とは何かを考える時なのかもしれません。

そして本当の成功とは、

すべてを手に入れることではなく、

人生の中で最も大切なものを見失わないこと

なのです。

付録A

「成功と平安」を考える自己評価質問

以下の質問に、正直に答えてみてください。

  1. 私にとって成功とは何か。
  2. その成功の定義は誰から与えられたのか。
  3. 私は失敗をどれほど恐れているか。
  4. 私は他人と自分を比較しているか。
  5. 私は休むことに罪悪感を持つか。
  6. 私の仕事は私のアイデンティティのすべてになっていないか。
  7. 私は家族との時間を犠牲にしていないか。
  8. 私はSNSによって自己価値を測っていないか。
  9. 私は何に最も不安を感じているか。
  10. 私は何を手放す必要があるか。
  11. 私は誰に助けを求めることができるか。
  12. 私は何に感謝しているか。
  13. 私は人生の意味について考えているか。
  14. 私は神を求めているか。
  15. 私にとって本当の平安とは何か。

付録B

7日間の「平安を取り戻す」実践

1日目――立ち止まる

10分間、スマートフォンを置き、静かに座る。

2日目――感謝する

感謝できることを5つ書く。

3日目――比較を減らす

SNSの利用時間を意識的に減らす。

4日目――誰かと話す

信頼できる人と、表面的ではない会話をする。

5日目――過去を赦す

自分が今も抱えている過去の失敗を書き出す。

6日目――神に祈る

「神様、私の人生を導いてください」と祈る。

7日目――人生の方向を考える

「私は何のために生きたいのか」を一ページに書く。

付録C

平安のための短い祈り

神様、

私が変えられるものを変える勇気を与えてください。

変えられないものを受け入れる知恵を与えてください。

そして、その二つを見分ける平安を与えてください。

私が成功だけを追いかけるのではなく、

愛と真理と意味を追い求めることができますように。

イエス・キリストの名によって祈ります。

アーメン。

付録D

聖書から平安について考えるための箇所

  • マタイによる福音書11章28–30節
  • ヨハネによる福音書14章27節
  • ヨハネによる福音書16章33節
  • ローマ人への手紙5章1–5節
  • ローマ人への手紙8章31–39節
  • ピリピ人への手紙4章4–9節
  • コロサイ人への手紙3章1–17節
  • エペソ人への手紙2章8–10節
  • 詩篇23篇
  • 詩篇46篇
  • 詩篇139篇

参考文献

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聖書参考資料

本書では、聖書本文を参照するため、主として以下の日本語聖書訳を使用した。

日本聖書協会(1987)『聖書 新共同訳』日本聖書協会。

日本聖書協会(1955)『口語訳聖書』日本聖書協会。

新日本聖書刊行会(2017)『聖書 新改訳2017』いのちのことば社。

なお、聖書箇所の表現は版によって異なる場合がある。

著者紹介

Prof. Dr. Larry Adams

ラリー・アダムズ教授

Prof. Dr. Larry Adams は、教育、博士課程研究、経営学、研究方法論、リーダーシップ、組織研究、神学・キリスト教思想などの領域に関わる教育者・研究者・著述家である。

大学教育および高等教育機関で長年にわたり、学部・大学院教育、博士課程研究、研究指導、論文審査、研究方法論、学術的文章作成などに携わってきた。

本書では、現代社会における「成功」という概念を、心理学、社会学、ウェルビーイング研究、人生の意味に関する研究、そしてキリスト教思想の観点から考察している。

著者が本書を通して伝えたい中心的なメッセージは、単純である。

人間の価値は、その人の成功によって決まるのではない。

そして、

人生の本当の豊かさは、何を手に入れたかだけではなく、誰を愛し、何を信じ、どのような意味をもって生きたかによっても考えることができる。

著者から読者へ

あなたがこの本を閉じたあと、

もう一度、自分の人生を見つめてください。

あなたは、十分に努力してきたかもしれません。

十分に頑張ってきたかもしれません。

多くのものを手に入れたかもしれません。

それでも心が疲れているなら、

自分を責めないでください。

少し立ち止まってください。

そして、

「私は何を求めているのだろう」

と問いかけてください。

もしかすると、あなたが探しているものは、

もう一つの成功ではなく、

平安なのかもしれません。

そして、その平安を求める旅の中で、

イエス・キリストという方の言葉にも耳を傾けてみてください。

「すべて重荷を負って苦労している者は、わたしのもとに来なさい。」

あなたの人生は、

成功だけで終わる物語ではありません。

あなたには、

愛があります。

希望があります。

意味があります。

そして、

新しい始まりがあります。

成功しても、心に平安がないとき。

その問いは、人生の終わりではありません。

それは、

本当の人生を探し始める入口なのです。

―― Prof. Dr. Larry Adams
ラリー・アダムズ教授