Prof. Dr. Larry AdamsAcademic, Author & Researcher

SERIES II — YOUNG PEOPLE, HIKIKOMORI AND MODERN JAPANESE LIFE

閉ざされた部屋の向こう側

The Person Behind the Closed Door

― ひきこもり、孤立、恥、家族、そしてもう一度つながるために ―

「あなたは忘れられていない。」

著者:Prof. Dr. Lawrence M. F. Adams

はじめに

閉ざされたドアの向こうには、一人の人がいる

ドアが閉まっている。

部屋の中から、ほとんど音がしない。

朝になっても起きてこない。

食事を一緒にしない。

学校にも行かない。

仕事にも行かない。

家族との会話も少なくなった。

友人からの連絡にも返事をしない。

外に出ることも減っていく。

家族は心配する。

「どうしてこうなったのだろう。」

「何を考えているのだろう。」

「いつになったら出てくるのだろう。」

「このままで大丈夫なのだろうか。」

そして、部屋の中にいる本人も考えている。

「どうして私はこうなったのだろう。」

「みんなは普通に生きているのに、なぜ自分はできないのだろう。」

「もう今さら外に出られない。」

「何を話せばいいのかわからない。」

「誰かに会うのが怖い。」

「失敗した自分を見られたくない。」

「家族にも迷惑をかけている。」

「もう戻れない。」

外から見ると、閉ざされたドアしか見えない。

しかし、そのドアの向こうには、

一人の人間がいる。

夢を持っていた人。

傷ついた人。

恥を感じている人。

怖がっている人。

疲れている人。

誰かに理解してほしいと思っている人。

そして、ときには、

「誰か、私を見つけてください」

と心の中で願っている人。

本書は、その「ドアの向こう側」にいる人を見るための本である。

第1章

ひきこもりとは何か

「ひきこもり」という言葉は、今や日本だけでなく国際的にも知られるようになった。

しかし、それを一つの単純な状態として理解することはできない。

研究では、ひきこもりに関する定義や基準には研究間で違いがあり、学校・仕事に参加しないこと、家庭外での社会的交流が少ないこと、長期間自宅中心の生活を送ることなどが共通して含まれる場合が多いとされている(Nonaka, Takeda, & Sakai, 2022)。

重要なのは、

ひきこもりという言葉を、その人自身と同一視しないこと

である。

「ひきこもりだから、この人はこういう人だ」

とは言えない。

その背景には、

学校での困難。

職場での困難。

人間関係。

いじめ。

失敗。

家族関係。

経済的問題。

健康問題。

発達上の困難。

精神的苦痛。

社会的プレッシャー。

その他の複雑な要因が存在する可能性がある。

だからこそ、

人をラベルで見るのではなく、その人の物語を見る必要がある。

第2章

「怠けている」と決めつけない

ひきこもりについて、最も危険な誤解の一つは、

「ただ怠けているだけ」

と決めつけることである。

厚生労働省も、ひきこもりを一律に「甘え」や「怠け」と見るのではなく、その背景にある「生きづらさ」を理解する必要性を発信している。2026年の厚生労働省の特集でも、ひきこもりの背景は人によって異なり、状態の現れ方も一様ではないと説明されている。

外から見れば、

「一日中部屋にいる」

ように見える。

しかし、その人の内側では、

「何もできない自分」

との戦いが続いているかもしれない。

第3章

部屋は逃げ場所になる

部屋は、単なる物理的な空間ではない。

ある人にとって部屋は、

安全な場所

なのかもしれない。

外には、

評価がある。

比較がある。

質問がある。

期待がある。

失敗がある。

人間関係がある。

学校がある。

会社がある。

社会がある。

部屋の中では、それらから一時的に離れることができる。

だから、部屋に閉じこもることだけを問題視するのではなく、

「なぜ外の世界がこれほど苦しくなったのか」

を問う必要がある。

第4章

閉ざされたドアは最初から閉ざされていたのではない

多くの場合、人生は突然「ひきこもり」になるわけではない。

少しずつ変化する。

最初は学校を一日休む。

次に数日休む。

友人との連絡が減る。

外出が減る。

昼夜逆転が起こる。

家族との会話が減る。

そして、いつの間にか、

外の世界との接点がほとんどなくなっている。

だから支援では、

「いつから完全にひきこもったのか」

だけでなく、

「そこに至るまでに何があったのか」

を見る必要がある。

第5章

「どうして?」という問い

家族はよく、

「どうして?」

と尋ねる。

「どうして学校に行かないの?」

「どうして仕事をしないの?」

「どうして友達に会わないの?」

「どうして外に出ないの?」

しかし本人にとって、その答えは簡単ではないことがある。

「わからない。」

それが本当の答えかもしれない。

人間の心の変化は、数学の公式のようには説明できない。

複数の経験が重なり、

ある日、

「もう無理だ」

となることもある。

第6章

恥という感情

ひきこもりには、

恥

が深く関係することがある。

「自分は普通ではない。」

「みんなは働いている。」

「同年代の人は結婚している。」

「友人は成功している。」

「自分だけ取り残されている。」

こうした比較は、自己評価をさらに低下させることがある。

そして、

「人に会う」

ことそのものが苦痛になる。

第7章

「見られたくない」

人に会いたくない理由は、

「人が嫌いだから」

とは限らない。

むしろ、

「自分を見られるのが怖い」

ということもある。

「何をしているの?」

「仕事は?」

「学校は?」

「将来どうするの?」

こうした質問が恐怖になる。

だから外に出ない。

外に出なければ質問されない。

質問されなければ、恥を感じなくて済む。

こうして、

孤立が自己防衛になる

ことがある。

第8章

自尊心が傷つくとき

厚生労働省は、社会的孤立や孤独、生きづらさを背景として、ひきこもり状態にある本人や家族にさまざまな背景・心情があり、自尊心や自己肯定感が損なわれている場合があることを説明している。

「自分には価値がない。」

この感覚が強くなると、

「何をしても無駄だ」

と思いやすくなる。

そして、

「どうせ失敗する」

となる。

その結果、

挑戦しない。

人に会わない。

外に出ない。

さらに自己評価が下がる。

この循環を理解することが重要である。

第9章

「普通」という言葉

社会には「普通」という言葉がある。

普通に学校へ行く。

普通に大学へ行く。

普通に就職する。

普通に結婚する。

普通に家を買う。

普通に子どもを育てる。

普通に定年を迎える。

しかし、

人生に一つの「普通」しか存在するわけではない。

人間には異なる速度がある。

異なる能力がある。

異なる背景がある。

異なる困難がある。

そして、異なる人生の道がある。

第10章

日本社会のプレッシャー

日本社会は長い間、

「集団の中でうまく適応すること」

を重要視してきた。

学校。

受験。

就職。

会社。

組織。

社会的役割。

こうした環境には多くの利点がある。

しかし、一方で、

「集団に適応できない」

と感じる人に強いプレッシャーがかかる可能性もある。

だから、ひきこもりを理解するには、

本人だけでなく、本人が生きている社会環境

も見る必要がある。

第11章

学校で傷つく

学校は学ぶ場所である。

友達を作る場所でもある。

しかし、すべての子どもにとって学校が安全な場所とは限らない。

いじめ。

孤立。

学業へのプレッシャー。

教師との関係。

友人関係。

集団への適応。

こうした経験が重なると、

「学校に行くこと」

自体が苦痛になることがある。

第12章

会社で傷つく

大人になってからのひきこもりもある。

仕事での失敗。

解雇。

人間関係。

長時間労働。

ハラスメント。

キャリアの挫折。

職場での孤立。

こうした出来事が人生の自信を失わせることがある。

したがって、

ひきこもりは若者だけの問題ではない。

研究でも、ひきこもりの対象者の年齢は多様であり、研究対象の時代的変化に伴って年齢が上昇している可能性が示されている(Nonaka et al., 2022)。

第13章

「人生に失敗した」

仕事を失った。

大学を辞めた。

試験に落ちた。

会社を辞めた。

恋愛に失敗した。

結婚できなかった。

離婚した。

友人を失った。

こうした経験は、人間の自己像を壊すことがある。

しかし、

人生の一つの失敗と、人生そのものの失敗は同じではない。

これは非常に重要な区別である。

第14章

家族も苦しんでいる

部屋の中にいる本人だけが苦しんでいるのではない。

家族も苦しむ。

親は、

「自分の育て方が悪かったのだろうか」

と自分を責めるかもしれない。

兄弟姉妹も、

「どう接すればいいのかわからない」

と感じるかもしれない。

家庭全体が沈黙することもある。

だから支援は、

本人だけではなく家族も対象にする必要がある。

第15章

親の罪悪感

親は、

「もっと厳しくすればよかった。」

「もっと優しくすればよかった。」

「もっと早く気づけばよかった。」

「私のせいだ。」

と考えるかもしれない。

しかし、ひきこもりは一つの原因だけで説明できないことが多い。

親だけを責めても問題は解決しない。

むしろ必要なのは、

責任追及ではなく理解と支援

である。

第16章

「出てきなさい」と言うことの限界

家族は、

「部屋から出てきなさい」

と言いたくなる。

それは自然な感情である。

しかし、本人にとっては、

「出たいのに出られない」

可能性がある。

だから、

「出てきなさい」

だけでは十分ではない。

むしろ、

「どうしたら少し安心できる?」

という問いの方が、

対話の入口になることがある。

第17章

厚生労働省が重視する「居場所」

日本の厚生労働省は、現在のひきこもり支援において、相談支援だけでなく、本人が安心して過ごせる「居場所づくり」、当事者会・家族会、地域ネットワークなどを組み合わせる取り組みを進めている。

これは重要な考え方である。

なぜなら、

「社会復帰する前に、安心して存在できる場所が必要」

だからである。

第18章

いきなり社会復帰を求めない

社会復帰という言葉は重要である。

しかし、

「明日から学校へ戻る。」

「明日から働く。」

という一つの結果だけを目標にすると、本人への圧力が強くなることがある。

支援には段階がある。

挨拶。

短い会話。

家の外に出る。

近所を歩く。

相談機関へ行く。

居場所へ行く。

誰かと話す。

小さな活動をする。

そして、その先に学校や仕事などがあるかもしれない。

第19章

「小さな一歩」

人生の回復は、

大きな一歩

ではなく、

小さな一歩

から始まることがある。

ドアを開ける。

窓を開ける。

シャワーを浴びる。

食事をする。

外の空気を吸う。

短い散歩をする。

誰かに「おはよう」と言う。

こうした行動を小さく見てはいけない。

第20章

回復には時間がかかる

本人が、

「明日から変わる」

と決めても、

長期間の孤立をすぐに解消できるとは限らない。

研究では、ひきこもりに関連する機能・健康上の困難が本人だけでなく家族にも及ぶことが示されている(Nonaka et al., 2025)。24研究、1,769人を対象とした系統的レビュー・メタ分析でも、ひきこもりと機能・参加・健康の問題との関連が検討されている。

だから、

忍耐が必要である。

第21章

デジタル世界

現代の部屋には、

スマートフォン。

コンピューター。

ゲーム。

動画。

SNS。

オンラインコミュニティ。

がある。

これらは悪いものではない。

むしろ孤立している人にとって、外の世界との接点になることもある。

しかし、

オンラインでの接続が、

現実世界のすべての関係の代わりになるわけではない。

第22章

オンラインにも人間関係がある

ひきこもり状態にある人がオンラインで誰かと話しているなら、

それをすぐに否定してはいけない。

「そんなものは本当の友達ではない」

と決めつけるのではなく、

「どんな人と話しているの?」

と聞いてみる。

オンラインの関係が、

現実の社会との橋になる可能性もある。

第23章

家族が最初の橋になる

家族は、

「本人を外に押し出す存在」

ではなく、

「外の世界との橋」

になれる。

短い会話。

一緒に食事する。

好きなものを聞く。

批判せずに聞く。

ドアの前に食事を置くだけの日があってもいい。

大切なのは、

「あなたを見捨てていない」

というメッセージである。

第24章

「話さなくてもいい」

時には、

「話して」

と言わないことも大切である。

「今日は話したくないなら、話さなくてもいい。」

「でも、私はここにいる。」

この言葉には力がある。

それは、

関係を強制しないが、関係を放棄もしない

という姿勢だからである。

第25章

条件付きの愛

「学校に行ったら愛してあげる。」

「仕事を始めたら認める。」

「外に出たら家族として誇りに思う。」

このようなメッセージは、本人にとって重荷になる可能性がある。

人間には、

「何かを達成したから愛される」

のではなく、

「存在そのものが大切にされている」

と感じることが必要である。

第26章

「あなたは失敗ではない」

この言葉を伝えたい。

あなたは失敗ではない。

あなたの人生に失敗があるとしても、

あなた自身が失敗そのものなのではない。

あなたは、

失敗した学生かもしれない。

失職した人かもしれない。

人間関係を失った人かもしれない。

長い間家から出られない人かもしれない。

しかし、それらはあなたの人生の一部分である。

第27章

自分を責める心

「全部、自分が悪い。」

そう考える人がいる。

しかし、過去を理解することと、自分を永遠に罰することは違う。

反省は未来を変えることができる。

自己嫌悪は未来を閉ざすことがある。

だから、

「何が起きたのか」

を理解し、

「これから何ができるのか」

へ進むことが大切である。

第28章

家族を責めない

本人を責めない。

親を責めない。

兄弟を責めない。

支援者を責めない。

問題の責任を一人に押しつけても、関係は回復しにくい。

ひきこもりは複雑な社会・心理・家族・生活上の要因が絡み得る。

だから、

一緒に理解する

という姿勢が必要である。

第29章

「なぜこんなことになったのか」から「今どうするか」へ

過去を理解することは必要である。

しかし、

「なぜこうなった」

という問いだけを繰り返すと、前に進めないことがある。

そこで、

「今、何ができるか」

という問いを加える。

今日できることは何か。

今週できることは何か。

誰に相談できるか。

どこに安心できる場所があるか。

第30章

日本には支援の仕組みがある

ひきこもりの問題を、

「家族だけで解決しなければならない」

と考える必要はない。

厚生労働省は、都道府県・指定都市にひきこもり地域支援センターを整備してきたほか、市区町村レベルでの相談支援、居場所づくり、地域ネットワーク、家族会・当事者会などの支援体制を拡充している。2025年度には「ひきこもり支援ステーション事業」が129自治体、「ひきこもりサポート事業」が164自治体で実施されていると厚生労働省は説明している。

だから、

助けを求めてよい。

第31章

支援を受けることは敗北ではない

「自分で解決しなければならない。」

そう考える人は多い。

しかし、

助けを求めることは弱さではない。

医師に相談する。

心理職に相談する。

福祉機関に相談する。

学校の相談窓口に相談する。

自治体の相談窓口に相談する。

家族会に参加する。

こうした行動は、

回復に向かう勇気ある行動

である。

第32章

支援者も一人で抱えない

支援する側も疲れる。

親も疲れる。

兄弟も疲れる。

教師も疲れる。

ケースワーカーも疲れる。

支援者自身が孤立すると、支援の質が低下する可能性がある。

厚生労働省も、ひきこもり支援者自身を支える取り組みを進めており、支援者が一人で抱え込まないためのネットワークやオンラインコミュニティなどを整備している。

第33章

「普通に戻る」のではなく、自分の人生を作る

回復とは、

「以前の自分に戻る」

ことだけではない。

以前の学校生活に戻る。

以前の会社に戻る。

以前の友人関係に戻る。

それが可能な場合もある。

しかし、

新しい人生を作る

という回復もある。

別の仕事。

別の学び方。

別の人間関係。

別の生活リズム。

別の場所。

別の目標。

第34章

人生は一つの道だけではない

日本社会では、

「良い学校」

↓

「良い大学」

↓

「良い会社」

↓

「昇進」

という一つの道が理想化されることがある。

しかし人生には、多くの道がある。

職業訓練。

通信教育。

オンライン学習。

アルバイト。

ボランティア。

地域活動。

創作活動。

小さな仕事。

フリーランス。

福祉的就労。

さまざまな選択肢がある。

第35章

小さな仕事にも尊厳がある

「大きな会社に入らなければ成功ではない。」

そうではない。

小さな仕事にも価値がある。

誰かの役に立つ仕事。

自分に合った仕事。

無理なく続けられる仕事。

生活を支える仕事。

社会に貢献する仕事。

仕事の大きさではなく、

その人がどのように生きているか

を見ることが重要である。

第36章

「出ること」だけを目標にしない

部屋から出ることは大切かもしれない。

しかし、

「部屋から出た=回復」

とは限らない。

外に出ても孤独かもしれない。

仕事を始めても苦しいかもしれない。

学校に戻っても不安かもしれない。

だから、

外に出ることと、心がつながることを区別する

必要がある。

第37章

本当の再接続

再接続とは、

単に外出することではない。

人と話す。

誰かに信頼を感じる。

自分の気持ちを少し話す。

他人の気持ちを聞く。

社会の中に自分の場所を見つける。

「自分にも居場所がある」

と感じる。

これが本当の意味での再接続である。

第38章

「居場所」が必要

人間には、

「ここにいてもいい」

と思える場所が必要である。

家。

学校。

職場。

教会。

地域センター。

図書館。

カフェ。

オンラインコミュニティ。

友人の家。

どこでもよい。

重要なのは、

「ここでは自分を演じなくてもよい」

という感覚である。

第39章

厚生労働省の「安心できる居場所」

厚生労働省が近年のひきこもり支援で強調しているのも、「安心できる居場所」と「ゆるやかな出番」という考え方である。これは、本人に一律の社会復帰を迫るのではなく、その人に合った形で社会との接点を少しずつつくる考え方である。

この考え方は重要である。

人は、

安心してから、動き始めることがある。

第40章

「あなたの速度でいい」

回復の速度は人によって違う。

一週間で変わる人もいる。

数か月かかる人もいる。

数年かかる人もいる。

だから、

「なぜまだ?」

という言葉を慎重に使おう。

比較ではなく、

昨日より今日、ほんの少し前進したか

を見る。

第41章

教会はどうあるべきか

もし教会がひきこもりの人に、

「もっと信仰を持ちなさい。」

「もっと祈りなさい。」

「外に出なさい。」

とだけ言うなら、

その人はさらに孤立するかもしれない。

教会がまず示すべきなのは、

「あなたはここにいてよい」

という歓迎である。

第42章

信仰は強制ではない

キリスト教について考えるとき、

「信じなければならない」

という圧力をかけるべきではない。

信仰には自由が必要である。

疑問を持ってよい。

怒ってもよい。

「神がいるのかわからない」

と言ってもよい。

「祈れない」

と言ってもよい。

神を求める旅は、正直なところから始めることができる。

第43章

聖書にも「閉じた心」の物語がある

聖書には、

恐れによって閉じこもる人々が登場する。

イエスの死後、弟子たちは恐れの中にいた。

ヨハネ20章では、弟子たちが「ユダヤ人を恐れて」戸を閉めていたことが記されている。

その閉ざされた空間に、

復活したイエスが現れる。

これは、ひきこもりをそのまま弟子たちと同一視する話ではない。

しかし、

閉ざされた場所にも神が入ってくる

という象徴的なメッセージとして読むことができる。

第44章

イエスは閉じたドアの向こうへ

弟子たちはドアを閉めていた。

しかし、イエスはそこに来た。

「外に出てきなさい」

と怒鳴ったのではない。

まず、

「平安があなたがたにあるように」

と語った(ヨハネ20:19)。

この順序は大切である。

平安。

そして関係。

その後に使命。

第45章

「平安があなたにあるように」

ひきこもり状態にある人にとって、

「あなたは変わらなければならない」

という言葉は重いかもしれない。

しかし、

「あなたに平安があるように」

という言葉は違う。

それは、

「まず安心していい」

というメッセージだからである。

第46章

イエスは人をラベルで見ない

聖書の福音書には、

病気の人。

貧しい人。

社会から排除された人。

罪人と呼ばれた人。

孤独な人。

失敗した人。

が登場する。

イエスは彼らを単なる「問題」として扱わなかった。

一人の人間として見た。

名前。

物語。

痛み。

願い。

信仰。

疑い。

その人の全体を見た。

第47章

「あなたは忘れられていない」

この本の中心メッセージは、

「あなたは忘れられていない。」

である。

家族から忘れられていない。

社会から完全に消えたわけでもない。

神から忘れられてもいない。

人間の目には、

「何年も部屋にいる人」

に見えるかもしれない。

しかし神の目には、

一人のかけがえのない人間

として見える。

第48章

詩篇139篇

詩篇139篇は、

「あなたは私を探り、私を知っている」

という神への信頼を表現している。

人間から理解されなくても、

神には知られている。

人間に忘れられているように感じても、

神には忘れられていない。

人間から見えない場所にいても、

神から見えない場所はない。

第49章

神はあなたの部屋を知らないのではない

これは、

「神が物理的に部屋の中を監視している」

という意味ではない。

むしろ、

あなたの孤独、恐れ、痛みを神は知っている

という信仰の表現である。

あなたが、

「誰にもわからない」

と思っているとき、

キリスト教は、

「神には知られている」

と答える。

第50章

「あなたには価値がある」

キリスト教では、人間の価値は社会的生産性だけでは決まらない。

仕事をしているから価値がある。

学校に行っているから価値がある。

お金を稼いでいるから価値がある。

結婚しているから価値がある。

社会に貢献しているから価値がある。

そうではない。

創世記1:26–27は、人間が神のかたちに造られた存在であると語る。

これは、人間の尊厳を成果から切り離して考える重要な基礎になる。

第51章

価値と役割は違う

あなたが今、

「何もしていない」

ように感じても、

それは、

「何の価値もない」

という意味ではない。

人間の役割は変わる。

学生。

会社員。

失業者。

親。

子ども。

介護者。

病気療養中の人。

退職者。

しかし、

役割が変わっても人間の尊厳は消えない。

第52章

神の愛は成績表ではない

学校には成績表がある。

会社には評価表がある。

社会にはランキングがある。

しかし神の愛は、

「あなたは何点ですか」

とは問わない。

福音は、

「あなたがどれだけ優秀か」

によって神の愛が決まるとは教えない。

神の恵みは、

人間の業績を超える。

第53章

「来なさい」という招き

マタイ11:28でイエスは、

「疲れた人、重荷を負っている人」

を招いている。

これは、

「成功した人だけ来なさい」

ではない。

「問題を解決してから来なさい」

でもない。

「疲れているなら、来なさい。」

という招きである。

第54章

神に怒ってもいいのか

ひきこもり状態にある人は、

「なぜ神は助けてくれなかったのか」

と怒るかもしれない。

「どうして私だけ?」

「どうして人生はこんなに苦しい?」

「神がいるなら、なぜ?」

聖書には、このような問いを神にぶつける人々がたくさんいる。

詩篇。

ヨブ記。

預言書。

神への問いは、

必ずしも信仰の反対ではない。

第55章

ヨブの物語

ヨブは大きな苦しみを経験した。

彼の友人たちは、苦しみの原因を簡単に説明しようとした。

しかし、苦しみには単純な説明ができない場合がある。

これは現代のひきこもりにも重要である。

「あなたが悪いから。」

「努力が足りないから。」

「信仰が弱いから。」

こうした簡単な説明は、人をさらに傷つける可能性がある。

第56章

神学的な簡単な答えを避ける

ひきこもりを、

「罪の結果」

と単純化してはいけない。

「祈ればすぐ治る」

とも約束できない。

「信仰があればひきこもらない」

とも言えない。

キリスト教的支援には、

謙遜さ

が必要である。

人間にはわからないことがある。

第57章

医療と心理支援を尊重する

ひきこもり状態には、精神疾患、発達特性、身体疾患、トラウマ、社会的要因など、さまざまな背景が関係している場合がある。

したがって、

必要に応じて医師、精神保健福祉士、公認心理師、臨床心理士、社会福祉士、保健師などの専門家に相談することが重要である。

厚生労働省の地域支援センターでも、社会福祉士、精神保健福祉士、保健師、公認心理師、臨床心理士等の専門職が相談支援や適切な支援への橋渡しを担っている。

信仰は専門的支援の代わりではない。

信仰と専門的支援は共存できる。

第58章

自殺について

深い孤立の中では、

「消えてしまいたい」

「生きていても意味がない」

と感じる人もいる。

もしあなた自身、または家族が自殺を考えている、あるいは差し迫った危険があるなら、

一人で抱えないでほしい。

地域の緊急医療、救急サービス、精神保健・福祉機関、医療専門職、信頼できる人につながることが重要である。

祈りも大切である。

しかし、危機のときには現実の人間による緊急支援を受けることも大切である。

第59章

家族への言葉

親へ。

あなたの子どもを、

「問題」

として見ないでください。

その子は、

あなたが理解できないほど苦しんでいるかもしれません。

怒りを感じてもいい。

疲れてもいい。

泣いてもいい。

しかし、

「あなたはまだ私の子どもだ」

という関係を手放さないでください。

第60章

本人への言葉

あなたへ。

あなたが何年部屋にいても、

あなたの人生が消えたわけではない。

あなたが学校に行けなくても、

あなたの価値が消えたわけではない。

あなたが仕事をしていなくても、

あなたは人間として尊い。

あなたが人に会えなくても、

あなたは愛される価値を失っていない。

そして、

あなたは忘れられていない。

第61章

兄弟姉妹への言葉

兄弟姉妹も複雑な感情を抱く。

心配。

怒り。

恥。

嫉妬。

罪悪感。

疲れ。

それは自然な感情である。

あなたがすべてを解決する必要はない。

専門的支援につながってよい。

自分の人生を生きてもよい。

家族を愛することと、自分の人生を大切にすることは両立できる。

第62章

教師への言葉

教師は、

「なぜ来ないの?」

だけを問うのではなく、

「何が苦しいの?」

と考える必要がある。

出席だけでは、その人の人生全体を測れない。

学校との関係を完全に切らない方法を考える。

オンラインでつながる。

短時間の参加。

個別対応。

相談室。

保護者との連携。

地域支援との連携。

さまざまな道がある。

第63章

教会への言葉

教会は、

「正常な人が集まる場所」

ではない。

教会は、

傷ついた人が来てもよい場所である。

疑っている人。

疲れている人。

失敗した人。

孤独な人。

社会から離れている人。

どのような人でも歓迎されるべき場所である。

第64章

「来なくてもいい。でも、あなたを待っている」

教会から離れている人に、

「なぜ来ないの?」

と責めるのではなく、

「いつでも来ていいよ。」

と言う。

そして、

「来られなくても、あなたのことを忘れていないよ。」

と伝える。

これが、

恵みによる関係

である。

第65章

イエスは「失われた人」を探す

ルカ19:10では、イエスが失われた者を捜して救うために来たという言葉が記されている。

これは、

「あなたが神を探さなければならない」

だけではなく、

神の側からあなたを探す

というキリスト教の希望を示している。

第66章

放蕩息子の物語

ルカ15章には放蕩息子の物語がある。

息子は家を離れ、

遠くへ行き、

財産を失い、

人生を壊した。

そして、

「父のもとに帰ろう」

と考える。

しかし物語で印象的なのは、

父親が息子の帰りを待っていたことである。

父は息子を、

「失敗者」

という名前で呼ばなかった。

第67章

帰る場所

ひきこもり状態にある人にとって、

「帰る」

という言葉は複雑かもしれない。

家にいるのに、

「居場所がない」

と感じることもある。

だから必要なのは、

物理的な家だけではない。

「あなたを受け入れる関係」

である。

第68章

神の家

キリスト教では、

神との関係を「父」と「子」という関係で表現することがある。

それは、

「完璧な家庭」

を意味するのではない。

むしろ、

人間の不完全な家族関係を超えて、

完全に受け入れてくださる神

への希望を示す。

第69章

「私は何者なのか」

ひきこもり状態になると、

「私はひきこもりだ」

というアイデンティティが形成されることがある。

しかし、

あなたは「ひきこもり」という状態以上の存在である。

あなたは、

子ども。

兄弟。

姉妹。

友人。

学ぶ人。

考える人。

感じる人。

夢見る人。

そして、

神の前にいる一人の人間である。

第70章

名前を取り戻す

ラベルではなく、

名前を取り戻す。

「ひきこもりの○○さん」

ではなく、

「○○さん」

である。

この小さな違いは重要である。

人間は診断名や社会状態だけではない。

第71章

過去を否定しない

回復するために、

「今までの時間は全部無駄だった」

と考える必要はない。

その時間に、

何を考えたか。

何を学んだか。

何を感じたか。

何を読んだか。

誰と出会ったか。

何に興味を持ったか。

それらが未来につながる可能性がある。

第72章

部屋で培ったもの

長く部屋にいる間に、

コンピューター技術を身につけたかもしれない。

絵を描いたかもしれない。

音楽を作ったかもしれない。

ゲームを研究したかもしれない。

文学を読んだかもしれない。

外国語を学んだかもしれない。

オンラインで人を助けたかもしれない。

その経験を、

「何もしていなかった」

と完全に否定する必要はない。

第73章

興味を橋にする

「何が好き?」

この質問は、

「なぜ学校に行かないの?」

よりも良い入口になることがある。

ゲーム。

漫画。

音楽。

アニメ。

コンピューター。

スポーツ。

動物。

歴史。

科学。

鉄道。

写真。

料理。

どんなものでもよい。

興味は、

社会との橋

になる可能性がある。

第74章

「好き」を恥じない

大人になっても、

好きなものがあってよい。

それが他人に理解されなくてもよい。

趣味は、

「役に立つか」

だけで価値が決まるわけではない。

楽しむこと。

創造すること。

学ぶこと。

これらにも価値がある。

第75章

小さな役割

回復には、

「役割」

が役立つことがある。

家の植物に水をやる。

ペットの世話をする。

料理をする。

洗濯する。

オンラインで誰かを助ける。

地域の活動を手伝う。

小さな仕事をする。

役割は、

「自分も必要とされている」

という感覚を育てることがある。

第76章

「必要とされる」

人間には、

「自分が誰かにとって意味のある存在である」

と感じることが重要である。

しかし、

「役に立たなければ価値がない」

という考え方には注意が必要である。

人間の価値は役割に依存しない。

役割は変わる。

価値は失われない。

第77章

キリストにおける価値

キリスト教では、

「神があなたを愛している」

ということが、人間の価値の重要な根拠になる。

ヨハネ3:16は、神が世界を愛し、御子を与えたことを語る。

ここで大切なのは、

「あなたが成功したから神が愛する」

ではない。

神が愛するからこそ、人間の価値が再発見される

ということである。

第78章

十字架

十字架は、

「成功者のための象徴」

ではない。

十字架は、

苦しみ。

拒絶。

孤独。

犠牲。

赦し。

愛。

を同時に語る。

キリスト教において、十字架は、

神が人間の苦しみから遠く離れていない

という希望につながる。

第79章

復活

そしてキリスト教の物語は十字架で終わらない。

復活がある。

1コリント15章は、キリストの死と復活を信仰の中心として語る。

この希望は、

「あなたの現在の状態が、あなたの最終状態ではない」

というメッセージにつながる。

第80章

あなたの現在は最後のページではない

あなたが今、

部屋の中にいるとしても、

それが人生の最後のページとは限らない。

今は閉じた章かもしれない。

しかし、

物語はまだ終わっていない。

第81章

「もう遅すぎる」

年齢が上がるほど、

「もう遅い」

と思うことがある。

20代ならまだ若い。

30代ならもう遅い。

40代ならさらに遅い。

50代なら無理。

しかし人生は、

年齢だけで意味が決まるものではない。

今日できる小さなことには価値がある。

第82章

8050問題と家族の未来

日本では、長期的なひきこもり状態が中高年化し、親世代の高齢化と重なることが社会政策上の課題となってきた。

この問題は、

本人だけの問題ではない。

家族。

住宅。

収入。

介護。

医療。

社会保障。

地域との関係。

将来の生活。

こうした問題が重なっていく。

したがって、早期からの相談と地域との接続が重要になる。

第83章

家族だけで背負わない

親が高齢になると、

「私が死んだら、この子はどうなるのだろう」

という不安が強くなる。

その不安を、

親だけで背負う必要はない。

自治体。

福祉機関。

医療。

相談機関。

家族会。

地域の支援団体。

教会や地域コミュニティ。

さまざまな支援につながることができる。

第84章

支援は「一つの正解」ではない

厚生労働省も、ひきこもり支援には一つの正解があるわけではなく、一人ひとりの状況に応じて試行錯誤することが必要だと説明している。

これは非常に重要である。

「この方法で全員治る」

という方法はない。

一人ひとり違う。

だから、

その人に合った支援

を探す。

第85章

失敗しても支援は失敗ではない

支援を始めても、

一度外に出て、また戻るかもしれない。

相談に行って、次に行かなくなるかもしれない。

仕事を始めて、辞めるかもしれない。

それでも、

「全部失敗だった」

とは限らない。

回復には、

前進。

停止。

後退。

再出発。

という波があることもある。

第86章

希望とは何か

希望とは、

「明日、必ずすべてが良くなる」

と保証することではない。

希望とは、

「まだ可能性がある」

と信じることである。

そしてキリスト教の希望は、

「神はこの物語を見捨てていない」

という信頼でもある。

第87章

神は待っている

放蕩息子の物語では、

父親は帰ってくる息子を待っていた。

キリスト教の福音では、

神は人間に対して、

「帰ってきなさい」

と招いている。

しかし、その帰還を強制するのではない。

愛は、

強制ではなく招き

である。

第88章

神の声は怒鳴り声ではない

「出てこい!」

という怒鳴り声ではなく、

「あなたを待っている」

という静かな声。

「あなたを愛している。」

「あなたは忘れられていない。」

「あなたの人生にはまだ意味がある。」

これが本書の中心的なメッセージである。

第89章

あなたは忘れられていない

もう一度、この言葉を繰り返したい。

あなたは忘れられていない。

家族が疲れていても、

あなたは忘れられていない。

学校から離れていても、

あなたは忘れられていない。

仕事から離れていても、

あなたは忘れられていない。

社会から離れていても、

あなたは忘れられていない。

そして、

神から忘れられていない。

第90章

あなたの名前を呼ぶ神

キリスト教の神は、

「ひきこもりの人」

という抽象的なカテゴリーだけを見ているのではない。

一人ひとりの人間を知っている。

あなたの名前。

あなたの過去。

あなたの恐れ。

あなたの夢。

あなたの涙。

あなたの沈黙。

そして、

あなたがまだ言葉にできない願い。

第91章

沈黙も一つの言葉

話さないことにも、

何かが表現されている場合がある。

「怖い。」

「疲れた。」

「わからない。」

「助けてほしい。」

「でも近づかないで。」

この矛盾したメッセージを理解するには、

忍耐が必要である。

第92章

近づきすぎない愛

愛とは、

いつも近づくことではない。

時には距離を尊重することも愛である。

しかし、

距離を尊重することと、

見捨てることは違う。

「今は一人にしておく。」

しかし、

「私はあなたを忘れていない。」

この二つを同時に持つことができる。

第93章

家族への実践的な10の原則

  1. すぐに責めない。
  2. 比較しない。
  3. 無理に説明を求めない。
  4. 小さな会話を大切にする。
  5. 本人の興味を尊重する。
  6. 小さな変化を認める。
  7. 家族自身も休む。
  8. 専門機関に相談する。
  9. 家族だけで解決しようとしない。
  10. 「あなたを見捨てない」というメッセージを保つ。

第94章

本人への10の小さなステップ

  1. カーテンを開ける。
  2. 水を飲む。
  3. 食事を取る。
  4. 睡眠を整える。
  5. 窓を開ける。
  6. 短い散歩をする。
  7. 誰か一人と連絡を取る。
  8. 相談機関を調べる。
  9. 好きなことを一つ続ける。
  10. 「明日も生きてみよう」と決める。

最後の一つは、

小さく見えて、

非常に大きな一歩である。

第95章

30日間の「再接続」プラン

Week 1 ― 安心

自分を責めることを少し減らす。

Week 2 ― 関係

一人の人との小さな接点を持つ。

Week 3 ― 外の世界

短時間だけ外へ出ることを試す。

Week 4 ― 次の一歩

相談、学習、仕事、地域活動など、自分に合う次のステップを一つ選ぶ。

目標は、

「普通になること」ではない。

目標は、

「自分の人生とのつながりを少しずつ取り戻すこと」

である。

第96章

教会ができること

教会は、

居場所を提供できる。

食事を提供できる。

話を聞くことができる。

祈ることができる。

家族を支えることができる。

地域の専門機関につなぐことができる。

しかし教会は、

医療や福祉の専門性を代替してはいけない。

教会は、

「一緒に歩く共同体」

として存在できる。

第97章

祈り

「神様。

今、部屋の中にいる人を覚えてください。

外の世界が怖い人を覚えてください。

自分を責めている人を覚えてください。

家族に申し訳ないと思っている人を覚えてください。

親として疲れている人を覚えてください。

兄弟姉妹として苦しんでいる人を覚えてください。

どうか、

『私は忘れられている』

と思っている人に、

『あなたは忘れられていない』

という希望を与えてください。

イエス・キリストを通して、

あなたの愛と恵みを知ることができますように。

そして、必要な専門的支援、人とのつながり、安心できる居場所へ導いてください。

一歩ずつ歩む勇気を与えてください。

アーメン。」

第98章

「あなたは忘れられていない」

もしあなたが今、

閉ざされた部屋の中にいるなら、

この言葉を覚えてほしい。

あなたは忘れられていない。

あなたの人生は、

「何年間ひきこもったか」

だけでは測れない。

あなたの価値は、

「何歳で学校へ戻ったか」

では測れない。

あなたの人生の価値は、

「どれだけ早く社会復帰したか」

だけでも決まらない。

あなたは、

一人の人間である。

そしてキリスト教は、

その一人の人間を神が知っていると語る。

第99章

閉ざされたドアの向こう側

外から見ると、

ただ一枚のドアがある。

しかし、そのドアの向こうには、

一人の人生がある。

夢がある。

傷がある。

恐れがある。

希望がある。

そして、

まだ書かれていない未来がある。

だから、

ドアだけを見ないでほしい。

その向こうにいる人を見てほしい。

第100章

最後に――ドアの向こうにも光がある

本書を最後まで読んでくださったあなたへ。

もしあなた自身がひきこもりの状態にあるなら、

私はあなたに一つの言葉を残したい。

あなたは忘れられていない。

もしあなたが家族なら、

あなたの苦しみも忘れられていない。

もしあなたが教師なら、

あなたが待っている生徒も忘れられていない。

もしあなたが支援者なら、

あなたの努力も忘れられていない。

そして、

神の前では、

誰も「見えない人」ではない。

聖書は、

「闇の中に光が輝いている」

という希望を語る(ヨハネ1:5)。

光は、

暗闇が存在しないことを意味しない。

光とは、

暗闇の中でも道が完全に消えてはいない

ということである。

あなたが今どこにいるとしても、

人生はそこで終わっていない。

部屋の中にいても、

人生は続いている。

沈黙していても、

物語は続いている。

涙を流していても、

希望は消えていない。

そして、

あなたがまだ一歩を踏み出せないとしても、

誰かがあなたと一緒に待つことができる。

家族。

友人。

支援者。

医療専門職。

地域。

教会。

そして、

あなたが信じるなら、

神。

キリスト教の福音は、

「あなたは自分の力だけで暗闇から抜け出さなければならない」

とは言わない。

むしろ、

「来なさい。」

「あなたを忘れていない。」

「あなたには価値がある。」

「あなたの人生にはまだ希望がある。」

と語る。

だから、

今日はドアを大きく開けなくてもいい。

少しだけ開けてもいい。

誰かにメッセージを送ってもいい。

相談窓口を調べてもいい。

家族と一言だけ話してもいい。

窓を開けてもいい。

祈ってもいい。

「神様、助けてください。」

その一言でもいい。

それが、

あなたの新しい章の最初の言葉になるかもしれない。

閉ざされたドアの向こう側にも、光は届く。

そして、

あなたは忘れられていない。

付録A

ひきこもりについて覚えておきたい20のこと

  1. ひきこもりは単純な「怠け」ではない。
  2. 一人ひとり背景が違う。
  3. 年齢も多様である。
  4. 家族も苦しむ。
  5. 本人を責めても解決しない。
  6. 家族を責めても解決しない。
  7. 「安心できる居場所」が重要である。
  8. 小さな接点にも価値がある。
  9. オンラインのつながりも無視しない。
  10. ただし現実世界との関係も大切である。
  11. 支援には時間がかかることがある。
  12. 後退があってもすべてが失敗とは限らない。
  13. 専門家に相談してよい。
  14. 家族会を利用してよい。
  15. 地域の相談窓口を利用してよい。
  16. 医療的支援が必要な場合がある。
  17. 信仰は専門的支援の代替ではない。
  18. 教会は安心できる居場所になり得る。
  19. 人間の価値は生産性だけでは決まらない。
  20. あなたは忘れられていない。

付録B

家族のための振り返り質問

本人について

  • 最近、本人が安心している時間はいつか。
  • 本人が好きなことは何か。
  • 本人が嫌がることは何か。
  • 本人が少し話してくれる話題は何か。

家族について

  • 私自身は疲れていないか。
  • 誰かに相談しているか。
  • 家族内で責任を一人に集中させていないか。
  • 私は本人を「問題」として見ていないか。

次の一歩

  • 明日できる小さなことは何か。
  • 相談できる専門機関はどこか。
  • 安心できる居場所はあるか。
  • 本人にどんな言葉を伝えたいか。

付録C

本人のための振り返り質問

  1. 今、一番怖いことは何か。
  2. 今、一番疲れていることは何か。
  3. 誰なら少し話せそうか。
  4. 何をしているとき少し安心するか。
  5. 何が好きか。
  6. 何を学びたいか。
  7. どんな場所なら行ってみたいか。
  8. どんな仕事なら興味があるか。
  9. どんな人間関係を望んでいるか。
  10. 「もう一度」やってみたいことは何か。
  11. 今、専門家に相談したいことはあるか。
  12. 神について考えてみたいか。
  13. イエスについて知ってみたいか。
  14. 自分を赦したいと思うか。
  15. 明日も生きてみようと思えるか。

付録D

教会・クリスチャンがひきこもりの人に接するときの原則

1. 説教する前に聞く

2. 解決する前に関係を築く

3. 「信仰が弱い」と決めつけない

4. 医療・心理・福祉専門職を尊重する

5. 家族の疲れにも配慮する

6. 本人のペースを尊重する

7. 強制的な宗教参加を求めない

8. 安心できる居場所を作る

9. 小さな変化を喜ぶ

10. 「あなたは忘れられていない」と伝える

参考文献

References

厚生労働省. (2025). ひきこもり支援ハンドブック~寄り添うための羅針盤~. 厚生労働省.

厚生労働省. (2026). ひきこもり支援に関する取組. 厚生労働省.

厚生労働省. (2026). ひきこもり――誰もが生きやすい社会へ――大事なのは、「安心できる居場所」と「ゆるやかな出番」を地域でつくること. 厚生労働省 Web Magazine.

厚生労働省. (2026). 令和7年版厚生労働白書――次世代の主役となる若者の皆さんへ. 厚生労働省.

Cabinet Office, Government of Japan. (2025). Basic Policies for Economic and Fiscal Management and Reform 2025. Government of Japan.

Cacioppo, J. T., & Cacioppo, S. (2014). Social relationships and health: The toxic effects of perceived social isolation. Social and Personality Psychology Compass, 8(2), 58–72.

Frankl, V. E. (2006). Man's Search for Meaning. Beacon Press.

Goffman, E. (1963). Stigma: Notes on the Management of Spoiled Identity. Prentice-Hall.

Nonaka, S., Takeda, T., & Sakai, M. (2022). Who are hikikomori? Demographic and clinical features of hikikomori (prolonged social withdrawal): A systematic review. Australian & New Zealand Journal of Psychiatry, 56(12), 1542–1554.

Nonaka, S., Kubo, H., Takeda, T., & Sakai, M. (2025). Functioning, disability, and health of individuals with Hikikomori (prolonged social withdrawal) and their families: A systematic review and meta-analysis of case-control studies. International Journal of Social Psychiatry, 71(4), 622–641.

Su, Y.-J., et al. (2015). Youth social withdrawal behavior (hikikomori): A systematic review of qualitative and quantitative studies. Australian & New Zealand Journal of Psychiatry.

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.

聖書参考箇所

Biblical References

創世記 1:26–27
詩篇 23篇、27篇、34篇、42篇、46篇、139篇
イザヤ書 40:31
エレミヤ書 29:11
マタイ 11:28–30
マタイ 22:37–39
マルコ 10:43–45
ルカ 15:11–32
ルカ 19:10
ヨハネ 1:5
ヨハネ 3:16
ヨハネ 11:35
ヨハネ 14:6
ヨハネ 20:19–29
ローマ 5:8
ローマ 8:38–39
2コリント 5:17
エフェソ 2:8–9
ピリピ 3:13–14
1ヨハネ 1:9
黙示録 21:1–5

※出版時には、使用する日本語聖書翻訳を一つに統一し、引用箇所を出版社の使用許諾条件に従って確認することを推奨する。本書には、聖書本文そのものの引用ではなく、内容を説明・要約した箇所も含まれる。

著者から読者へ

この本を書いた目的は、ひきこもりを「解決すべき社会問題」としてだけ扱うことではありません。

その問題の中心にいる、

一人の人間

を見ていただきたいのです。

閉ざされたドアを見るとき、

「なぜ出てこないのだろう」

と考えるかもしれません。

しかし、そのドアの向こうには、

「なぜ私は出られないのだろう」

と苦しんでいる人がいるかもしれません。

だから、責める前に理解してください。

押す前に聞いてください。

解決する前に寄り添ってください。

そして、本人にも家族にも、

「あなたは忘れられていない」

と伝えてください。

キリスト教の希望は、人間の努力だけに置かれていません。

神の恵みに置かれています。

だから、今日まだ一歩を踏み出せない人にも希望があります。

そして明日、一歩踏み出せる人にも希望があります。

あなたがどこにいるとしても、

あなたの人生はまだ終わっていません。

あなたの価値は失われていません。

あなたの物語は完結していません。

閉ざされた部屋の向こう側にも、光があります。

そして、その光の中で、

あなたは忘れられていません。

— Prof. Dr. Lawrence M. F. Adams